ケース6 田園の一軒家⑯

 

 する……   

         する……

   する…

 

 かなめと翡翠は正体の判らない不気味な音から逃げるように蔵の奥へと歩みを進めていた。

 

 蔵の中はだだっ広いようでいて、その実所狭しと置かれた不吉な蒐集物達に遮られ迷路のようになっていた。

 

 スチールラックで遮られた通路を抜けると同時に、二人は小さな悲鳴を上げた。

 

 気味の悪い甲冑が薙刀を構えて仁王立ちしている。

 

 

 なによりこの甲冑の前に来るのはだった……

 

 

 かなめは卜部とのやりとりを思い出していた。

 

「例の地蔵の首は一階の奥にある。気配を辿れ」

 

「気配を辿れって……普通に奥まで行ったら駄目なんですか?」

 

「行けるなら行ってみろ……ちなみに地図を書いても意味がない」

 

「ち、地図ですか!? そんな入り組んだ迷路みたいな蔵なんですか!?」

 

 

 

「ああ……物が動くんだよ」

 

 

 かなめはその言葉を思い出してごくりと唾を飲み込んだ。

 

 翡翠も異様な状況を察知して顔が強張っている。

 

 

 

 

 するるるるるるるる……

 

 

 

 視界の左端で着物の裾が滑ったような気がした。

 

 赤と金の糸で織られた美しい着物が闇に吸い込まれるようにして見えなくなる。

 

 

「気のせいかもしれませんけど……少しずつ近づいてきてませんか……?」

 

 翡翠が闇の方を凝視したまま小声で言った。

 

「だ、大丈夫です……ここにあるものは全部先生が封印してるはずですから……」

 

 かなめは精一杯気丈に振る舞ってみたが、翡翠と同じようにその顔は恐怖で引きつっていた。

 

 

 集中しろ……わたし!!

 

 あの時の気配を思い出せ……

 

 

 かなめは深呼吸して目を瞑った。

 

 するとまるで生き物のように笑みを浮かべる地蔵の残像が瞼の裏側に浮かんで総毛立つ。

 

 咄嗟に身体がぶるりと震えた。

 

 

 ぴちょ……

 

 甲冑の左奥の闇の中から微かに水の滴りが聞こえた気がした。

 

 

 かなめは震える手で指をさしてつぶやく。

 

 

「こっちです……」 

 

 翡翠は愕然とした。

 

 それはついさっき着物の裾が消えた闇の方向だった。

 

「か、かなめちゃんを信じるからね……?」

 

 翡翠の冷静な口調は崩れて、思わず素の翡翠が顔を出している。

 

 それを聞いたかなめは情けない表情を浮かべて翡翠の顔を見上げた。

 

 するといつもの余裕は微塵も感じられない翡翠と目があった。

 

 

 二人はどちらからともなく抱き合った。


 抱き合いながら甲冑の前を横切ると、そろりそろりと暗闇の奥へ向かって歩みを進めるのだった。

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