ケース6 田園の一軒家⑭

 

 白い玄関扉をゆっくりと押し開けると中には異様な光景が広がっていた。

 

「なんだこりゃ……」

 

 思わず泉谷が声を発する。

 

 部屋にはいたる所に糸が張り巡らされていた。 

 

 その糸には鈴や空き缶が結わえつけられている。

 

 ピンと張られた糸もあれば、途中で切れて床に垂れているものもある。

 

 

 卜部はその張られた糸の一本に触れて考えを巡らせていた。

 

 

 チリン……。

 

 

 部屋の奥で鈴の音が鳴った。

 

 

 何かに気がついた卜部は床に落ちた糸に視線を移す。

 

 その糸の群れには何者かが通過したような一連の動きの跡が見てと取れた。

 

 

「張さん……静かにその部屋に入ってくれ」

 

 卜部は鈴の聞こえた方向とは反対側の戸を指さして小声で告げた。

 

 泉谷は黙って頷くとそっとドアノブを捻って部屋の中に滑り込んだ。

 

 

 チリリリリリリリリリリン……!!!! 

 

 ガランガランガランガラン……!!!!

 

 

 突如けたたましい鈴の音と空き缶の音が部屋に木霊する。

 

 音は一直線に卜部たちの方に向かって走ってきていた。

 

 音の方を一瞥してから卜部も泉谷の後を追った。

 

 

 部屋に入るなり卜部はあたりを見渡し出口が他に無いことを確認すると泉谷の方に向き直った。

 

 

「今からこの部屋に邪視を閉じ込める。俺が邪視を引き付けている間に部屋から出て戸を閉める準備をしてくれ。俺が出てきたらすぐに張さんが戸を閉める。質問は?」

 

 

「もし俺を狙ってきたらどうすればいい……?」

 

 卜部はニヤリと笑って泉谷の肩を叩いた。

 

 

「来るぞ……」

 

 卜部は懐から藍色の帯を二本取り出すと、それを天に掲げて祈りを捧げ始めた。

 

 それと同時に戸の外から美しい女の声が聞こえてくる。

 

 

「あなたは勇敢でとっても頼りになるわ……」

 

 

呪いの褒め言葉スライマーンだ。無視しろ。邪視が放つ褒め言葉は人を駄目にする毒だ……」 

 

 

「将来は警視総監も夢じゃない……本当よ? 信じて……」

 

 

「私には未来が視えるの。でもあなたが信じてくれなければ未来は実現しないわ……」

 

 

 泉谷が冷や汗をかきながら押し黙っていると邪視が再び口を開いた。

 

 

 その声は先程までと打って変わって怨念と悪意に満ちた、暗く憂鬱な響きに変わっていた。

 

 

「そう……信じないの……ならあなたが信じられるように……見せてあげるわ………」

 

 

 バン……!!

 

 勢いよく戸が開いた。

 

 その途端、チリチリと焼けるような強い悪意が部屋に侵入してくる。

 

 泉谷は扉のすぐ横の壁に張り付きながら、歯を食いしばって息を殺しながら様子を伺っていた。

 

 

 ギシぃイィイイイ……

 

 床が尋常ではない音を立てて軋んだ。

 

 目をやると女の素足が床を腐食させている。

 

 女の白い肌にはどす黒い血管が幾重にも浮かび上がっており、黒い靄のようなものが纏わりついていた。

 

 

 なんまんだぶ……なんまんだぶ……

 なんまんだぶ……なんまんだぶ……

 

 

 気が付くと泉谷は心のなかで念仏を唱えていた。

 

 ちらと卜部に目をやると、卜部は開いた戸口に冷たい目を向けている。

 

 

 ぎぃ……しいぃぃいいい……

 

 女がもう一歩進んだのがわかった。

 

 

 ううぅ……!!

 来るなぁ……!!

 

 そう念じた瞬間だった。

 

 

 ぎしぃいいい!!

 

 ぎぃしぃいいいいぃ!!

 

 ぎしぃいいいいいいいい!!

 

 

 先程とは比べ物にならない速さで女が動いた。

 

 

 ぎ……し……

 

 

 

 足音は泉谷の目の前で止まった。

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