ケース6 田園の一軒家⑫
高速道路の二車線を器用に行き来しながら、真っ赤なスカイラインは次々と車を追い越していく。
翡翠がハンドルを切るたびに、ルームミラーにぶら下がった白い豚のミニチュアがぷらぷらと揺れる。
迷いなく目的地へと向かって猛スピードで車を駆る翡翠の姿にかなめは改めて憧れにも似た尊敬の念を抱くのだった。
「翡翠さんってやっぱりすごいです!! わたしだったらあんな住所が書かれただけのメモを渡されても迷子になっちゃいます……」
翡翠は妖しげな笑みを浮かべた。
「卜部先生はかなめちゃんにはあんなメモだけ渡したりしないんじゃないでしょうか?」
「ああ……確かに……」
苦笑いするかなめに翡翠はくすくす笑う。
「な、なにが可笑しいんですか!?」
「いいえ。なんにも」
そう言いながらも翡翠はまだ笑っていた。
「ちょっと!! 翡翠さん!!」
「なんでもありませーん」
「もう!! 翡翠さんズルいです!!」
かなめは頬を膨らませてから思い出したように尋ねた。
「そう言えば水鏡先生のお仕事は翡翠さんがいなくて大丈夫なんですか?」
それを聞いた翡翠はまたしても意味ありげな笑みを浮かべた。
「私の一番のお仕事は水鏡先生が他人様に迷惑をかけないように監視することです」
「悪さ出来ないようにちゃんと鍵をかけてきましたから」
「鍵ですか……?」
かなめは怪訝な顔で聞き返す。
「はい。恥ずかしくて女の子の前で服は脱げないはずです」
翡翠はちろりと舌を出しておどけて見せた。
かなめはなんとなく意味を察すると、気恥ずかしさを紛らわせるために窓の外に目をやった。
そんな会話をしていると、あっという間に二人を乗せた車は目的の蔵の前に到着した。
郊外の人気のない場所にずんと居座るようにしてその蔵はあった。
蔵の前には砂利が敷かれた空き地が広がり、ところどころに除草剤のせいで黄色くなった草が生えている。
静まり返った蔵は得も言えぬ威圧感にも似た凄みを放っていた。
「気休めかもしれませんが……」
翡翠はそう言ってお神酒と塩を取り出した。
二人はそれで口をゆすぎ、塩で身体を清めた。
「行きましょう!! 急がないと!!」
蔵の前に立つとぶわと全身に悪寒が走った。
今にも蔵の隙間という隙間から無数の白い腕が伸びてくるのではないかと思うような嫌な気配が全身を襲う。
かなめは自分の両頬をぱしんと叩くと扉の前に足を踏み出した。
青錆が浮き出た重たい扉には巨大な南京錠で封がされている。
卜部から預かった鍵を南京錠に差し込むとカチンと音がして呆気ないほど簡単に鍵は外れた。
「簡単に開きましたね……」
横に目をやると翡翠も緊張の面持ちで小さく頷いていた。
深呼吸してから取っ手を握り力を込めると重たい扉はぎぃいいいと音を立てて開いていく。
中からはカビの臭いとともに、冷たい空気がぶわと吹き出してきた。
暗闇に隙間から光が差し込むとスルスルと何かが暗がりに逃げ込むのが見えた気がした。
「ひっ……」
驚いて思わず声を上げる。
「かなめさん」
翡翠は電柱から伸びた一本の線を指さしていた。
「電気が通ってるようです……どこかにスイッチはないですか?」
かなめが恐る恐る辺りを見渡すとブレーカーのスイッチに似た小さなレバーが目に止まった。
「これですかね……?」
パチン……
ジィージジジジッ……
かなめがレバーを上げると通電する音とともに裸電球のフィラメントが手前から順に光を灯していった。
光に照らされた蔵の中には不気味な呪具や、得体のしれない物品の数々が棚やケースに並べられて整然と並んでいるのだった。
そのすべてからじっとりとした無言の視線を感じ、かなめと翡翠の背には冷たい汗が伝った。
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