ケース6 田園の一軒家⑪


 しばらくすると真っ赤なGT-Rが砂埃を巻き上げて畦道を走ってきた。

 

「翡翠さん!!」

 

 かなめと翡翠はハイタッチした両手をがっちりと繋ぐ。

 

 その光景を見た泉谷はひゅうと口笛を鳴らした。

 

 卜部はそんな泉谷を目を細めて一瞥する。

 

「かなめさんから依頼されて来ました。私は何をすれば?」

 

 翡翠はいつもの真面目な表情に戻り卜部に指示を仰ぐ。

 

「この住所にこいつと一緒に向かってくれ。そこに俺の借りてる蔵がある。そこからある物を取ってきて欲しい」

 

 卜部はそう言って一枚の紙切れを手渡した。

 

 翡翠はそれを確認してから黙って頷いた。

 

 

「先生。ある物って?」

 

「お前、を覚えてるな……?」

 

 恐ろしい記憶にどくんとかなめの心臓が脈打った。かなめは静かに首を縦にふる。

 

「あの時の地蔵の首が蔵に封印してある。お前たちにはその首を蔵から持ち帰り、このあたりの何処かにある地蔵の首とをすげ替えてもらう……」 

 

 卜部はさらりととんでもないことを言ってのけた。

 

「あ、あの地蔵の首まだあるんですかっ!?」

 

 かなめは顔を強張らせて驚愕の声を上げる。

 

「ああ……祓いきれなかった。それに今でも定期的に封印をし直してる……」

 

 

 卜部からの予想外の返答にかなめの不安はいっそう強くなる。

 

 

「じ、地蔵の首を壊して、呪われた地蔵の首と入れ替えるってことですよね? そんなことしたら大変なことになるんじゃ……」

 

 かなめは地蔵事件を思い出して身震いした。あの恐ろしい怪異の元凶を再び野に放つと思うと全身に鳥肌が立つ。

 

 

「問題ない。ここの地蔵達に。問題はお前たちが要石たる地蔵を見つけられるかだ……」

 

 

「要石……何か特徴はあるんですか?」

 

 翡翠が尋ねた。

 

 

「感覚的な話になるが……最も徳が高いと感じた地蔵がそれだ」

 

「脅すわけじゃないが、失敗したら俺たちは二度と帰ってこないと思え。絶対に探しに来るんじゃないぞ?」

 

 

 かなめと翡翠は真剣な面持ちでこくりと頷き車に乗り込んだ。

 

 

「亀!!」

 

 車が発進する直前に卜部が声をかける。

 

「なんでしょう!?」

 

 かなめが声を裏返しながら返事をすると、卜部はかなめの目を真っ直ぐ見て言った。

 

 

「直感に従え。そろそろお前もそれぐらい分かる筈だ。それと……」

 

 

「絶対に蔵の中にある他の呪物に触るんじゃないぞ!?」

 

 卜部はかなめを指さして睨みながら念を押した。

 

 

「了解です!! それと……」 

 

 

「かなめちゃん。しっかり掴まっててね!!」

 

 

「亀じゃありません!! かなめですぅううううわあああぁああ!! 翡翠さん!! 速すぎぃいいいい!!」

 

 

 急発進した車の窓からかなめの叫び声が田園一体に響き渡った。

 

 

 

 泉谷はやれやれと言った様子で頭を掻きながら独りごちた。

 

「ま。緊急事態ってことで、スピード違反については見なかったことにするかな……」

 

 

 それを聞いた卜部はふっと鼻で笑うと、すぅと真顔に戻って田園に佇む一軒家を静かに睨んだ。

 

 

「張さん……俺たちも行くとしよう……」

 

「あいよ……」 

 

 泉谷がそれに応じると二人はほとんど同時に残穢渦巻く家へと向かって足を踏み出すのだった。

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