ケース6 田園の一軒家⑨


 

     ずり……

 

ずり……

 

   ずり…… 

 

 どこかで石の擦れるような音がした。

 

 まるでそれを合図にするかのように七福神達は互いに顔を見合わせて大きく頷いた。

 

 七福神の乗った宝船はゆっくりと西の方角に浮かび上がると、やがて西日の逆光の中に消えてしまった。

 

 

「何だったんですか……今の?」

 

 かなめは驚愕といった表情で卜部を見た。

 

 卜部はいつものポーズをとって頭を掻きむしっている。

 

 そんな中泉谷がおもむろに口を開いた。

 

 

「おい……あれ……」

 

 泉谷が指さした先には薄く開いた扉とそこから伸びる足が見える。

 

 

 それを目にした瞬間、再び全身に悪寒が走り、昨日と同等かそれ以上の残穢が身体に纏わりついてくるのを感じた。

 

 卜部は直ぐ様ポケットからタバコとライターを取り出し言う。

 

「目を閉じて息を止めろ」

 

 ふたりはすぐに従った。

 

 卜部は何やらブツブツと唱えてから二人にタバコの煙を吹きかける。

 

 そしてジャリジャリと音を立てながら、足で地面に文様を描いた。

 

 

「もういいぞ」

 

 

 二人が目を開けると邪視の姿は消えて、酷い残穢の気配も薄らいでいた。

 

 かなめが足元に視線を落とすとそこには不気味な目が描かれていた。

 

 

「なんですか……これ?」

 

 

「簡易のナザールだ。邪視除けのお守りみたいなもんだ。あと俺の気を込めた煙で煙幕をかけた」

 

 

「おい卜部!! 野良の邪視じゃなかったのかよ!?」

 

 泉谷が冷や汗を拭いながら吠えた。

 

 

「ああ……どうやらあれは居付きの邪視だ……」

 

 

「それってどういう……?」

 

 

「わからん……」

 

 

 どーーーーーーーーー

 

 

 三人が不穏な沈黙に包まれていると田んぼ脇の水路に勢いよく水が流れ込んできた。

 

 乾いた用水路に堆積したゴミや落ち葉を巻き込みながら濁った水が水路を流れていく。

 

 流れる水を見ていると押し流された堆積物は水路の角に溜まっていった。

 

 ゴミに堰き止められた水は行き場を失い、やがて畦道に溢れ出す。

 

 

 それを見ていた卜部の目の色が徐々に変わっていくのにかなめは気がついた。

 

「先生……? ちょ……ちょっと先生!?」

 

  

 卜部は何も言わずに駆け出し、木の下に停められた車の場所でしゃがみこんだ。

 

 

「いきなりどうしたってんだよ!?」

 

 追いついたかなめと泉谷は卜部がしゃがんだ場所を覗き込んだ。

 

 そこには苔むした地蔵が静かに佇んでいた。

 

 

「見るべき場所がわかった。こいつは地蔵なんかじゃない……」

 

 

「じゃあ何だってんだよ……?」

 

 泉谷が怪訝な顔で問いかける。

 

 

「結界だ。それも、とびきり悪意の籠もった……な」

 

 卜部の目が妖しく鈍色に輝いたのをかなめは見逃さなかった。

 

 その獰猛とも冷酷とも異なる鈍い光に、ほんの少しかなめは身震いするのだった。

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