ケース6 田園の一軒家⑧

 

 その後の聞き込みも虚しく、目新しい情報は何も見つからなかった。

 

 前オーナーは伊藤正則、母親と二人であの家に住んでいたが、母の死を機に家を売りに出したらしい。

 

 売りに出されてしばらくして野口という家族が越してきたそうだが数ヶ月で引っ越したということだ。

 

 伊藤は父から譲り受けた農地を宅地に転用してあの家を建てたのだという。

 

 しかしこの程度の内容は泉谷もすでに調べていたらしく、怪異の手がかりにはならなかった。

 

 

 その中で一人だけおかしなことを言う老婆がいた。

 

「ここら辺一体は業が深い場所なんだよ……」

 

「ちょ……ちょっとまって下さい!!」

 

 かなめは慌てて卜部を呼んだ。

 

「先生!! このお婆さん何か知ってるみたいです!!」

 

 卜部が駆けつけると老婆は鼻を鳴らして再び話し始めた。

 

 

「ここら辺一体は業が深い場所なんだよ……それなのに連中は知らん顔で生活しとる。バチが当たったんだ!!」

 

 

「婆さん。業が深いと言ったな。ここで何があったんだ?」

 

 卜部の言葉に老婆は顔を歪ませた。

 

「バチが当たったんだよ。穢らわしいヒガシンクの連中にはいい気味だわい!!」

 

 その後も老婆はこちらの問いかけには一切答えずに業が深い、バチが当たった、穢らわしいヒガシンクの一点張りだった。

 

 やがて話すのに疲れたのか卜部を押しのけると荷車を押して崩れかけのあばら家に帰っていった。

 

 

 

 それ以上のことが聞けず振り出しに戻った三人は、しかたなく再びあの家に向かうことになった。

 

 初春とは言え直射日光の当たる車内は汗ばむ温度だった。

 

 昼過ぎの強い日差しを避けるため、なにより残穢に触れるのを警戒して、泉谷は家の前には車を停めず、大きな木の影で停車した。

 

 

 家からやや離れたあぜ道の脇に植えられた大きなセンダンの木。

 

 その木の下には苔むしたお地蔵さんが立っていた。

 

 

「このお地蔵さんはあの家で起こる出来事をずっと見てたんですかね……」

 

 かなめの何気ないつぶやきに卜部が鼻を鳴らす。

 

「ふん!! それならお前が地蔵に聞いてみると良い。亀と地蔵なら通じるものがあるかもしれんぞ?」

 

 かなめが目をやると卜部は意地悪な顔で笑っていた。

 

「亀じゃありません。か・な・めです……!!」

 

 窓の外に視線を逸した卜部の横顔に向かってかなめはべーと舌を出す。

 

「窓に写ってるぞ」

 

 卜部は外を見たままぶっきらぼうに言った。

 

 慌ててかなめは舌をしまう。

 

 

「おい卜部。そんなことより本当に行くのか……?」

 

 泉谷がルームミラー越しに卜部に視線を送った。

 

 

「ああ……有力な情報がない以上、あの家を調べるしかない……」

 

「とにかく家の前まで行くぞ」

 

 卜部はそう言って車のドアを開くと、すたすたとあぜ道を歩き始めた。

 

 

 そうして家の前に立った三人は家の様子の変わりように呆然とした。

 

 

「ありえない……あれだけの残穢が綺麗サッパリ消えているだと……」 

 

 

 卜部は口を開いたままその光景をしばらく凝視していたが、やがてかなめに耳打ちした。

 

 

「お前にも見えるか……?」

 

 

「はい……」

 

 

 かなめはこくこくと小さく頷きながら震える声を絞り出した。

 

 

「なんだありゃ……?」

 

 泉谷にも見えているらしく固まった表情のまま卜部に尋ねた。

 

 

「見えてるとおりだ……あれは七福神だ……」

 

 

 件の家の屋根の上には宝船に乗った七福神が金色の鱗粉を後光で輝かせながら浮かんでいた。

 

 その異様な光景は神々しいとは程遠く、得たいの知れない薄ら寒い気配を放っている。

 

 

 かなめの目には福の神たちの顔に張り付いたような笑顔が、腹に何かを隠した底知れない邪悪な笑顔に写るのだった。

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