ケース6 田園の一軒家④
地元の人間が集まり猥雑な賑わいを見せる居酒屋の座敷に卜部たちの姿があった。
突き出しのタコワサでビールを決めるかなめと泉谷をよそに、卜部は烏龍茶を不機嫌そうに飲んでいる。
「かーっ……!! 仕事終わりのコレは格別だな!!」
鼻の下に泡を付けた泉谷が唸った。
「ふん……!! 公僕が良いご身分なこった」
「馬鹿野郎!! 今は勤務時間外だ!! 人権侵害だぞ!?」
ジョッキを片手に泉谷が反論する。
「だいたい……なんでお前まで飲んでんだ……?」
卜部は見開いた目でジトーっとかなめを睨んで言った。
「ぶふっ……!! き、勤務時間外です……!!」
口から溢れたビールを袖で拭いながらかなめは慌てて言い返す。
ちびちびと卜部が烏龍茶を飲んでいると赤い手ぬぐいを頭に巻いた若い店員が料理を運んできた。
「お待ちどう様です!! お造り盛り合わせと山芋のだし巻き、焼きおにぎりとオムそばになります!!」
「お姉ちゃん元気がいいねぇ〜!! おじさんにビールもう一杯持ってきて!!」
鼻の下を伸ばして嬉しそうに泉谷が言う。
かなめもおかわりを頼もうとした瞬間、卜部の肘が横腹に突き刺さった。
「ぐえ……」
店員は不思議そうにかなめを見た。
「な……なんでもありません……」
かなめは引きつった笑顔で店員に手を振った。
「ところで先生。あの家にいたのは何だったんですか……?」
かなめはオムそばを頬張りながら卜部に尋ねる。
卜部はハマチにわさびを乗せて醤油に浸しながら答えた。
「あれは……野良の邪視だ……」
わさびの辛さに顔を歪めながら卜部は答える。
「あの家が放つ強力な残穢に引き寄せられたんだろう……おそらく失踪事件とは無関係だ」
甘エビの尻尾を器用に抜きながら卜部はなおも続けた。
「なあ。かなめちゃん。邪視ってなんだい?」
泉谷は小声でかなめに尋ねた。
「ええとですね……それはですね……先生何でしたっけ……??」
卜部は横目でかなめを睨んでからため息をひとつ吐いて説明する。
「邪視は邪悪な目を持つ怪異だ。世界各地に似たような話が存在する。おそらく共通の霊的存在だろう……」
「その目に魅入られた者は呪いを受ける。発狂、錯乱、病、死、何が出るかは当たってからのお楽しみだ」
「野良っていうのは……?」
かなめは気になったのでそれもついでに聞いてみた。今日は答えてくれそうな気がする。
「本来邪視は暗い森や人気のない山奥に居憑く怪異だ。だが稀にふらふらと人里に姿を表すことがある。目的は不明だが、大抵の場合は戦や酷い事故なんかの後で目撃されてる。つまりは残穢に呼び寄せられてるってことだ……」
卜部はゴクリと烏龍茶を飲み干した。
「それであの家にいたのも野良の邪視なんですね……」
「おい卜部。そんな危ないやつを放っておいて大丈夫なのか!? お前ちょちょっと祓ったり出来ないのか?」
ジョッキを持った手で卜部を指さしながら泉谷が言った。
卜部はあからさまに嫌そうな顔で言う。
「馬鹿を言うな! なぜ俺が何の報酬もなく命がけで邪視を祓わんといかんのだ。だいたい奴は自然災害みたいなモノだ。遭う確率は雷に撃たれるよりも低い」
「そんなことより今はあの家の正体だ。明日の聞き込みに備えてそろそろ帰るぞ……」
そう言って卜部は立ち上がった。勘定を済ませようとする卜部に泉谷が割って入る。
「こういうのは年長者の仕事だ。おめえら先に外出てろ……!!」
卜部とかなめが外に出ると、泉谷はきっちりと領収書を受け取ってから卜部たちに合流するのだった。
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