ケース6 田園の一軒家②
穂を刈り取れた稲が一面に広がる田園風景の中にその家はぽつんと佇んでいた。
よくある二階建ての家屋。ざらざらとしたリシン仕上げの外装は別段朽ち果てている様子もない。
あえて言うなら屋根に伸びたイネ科の雑草が打ち捨てられたような寂しげな空気を醸し出しているくらいだろうか。
よくある田舎の空き物件。
しかしその家からは明らかに普通ではない異様な空気が漂っていた。
見る者を不安にさせる底知れぬ何か……
塀で囲まれた庭には柑橘が植えられ、足元には茶色く朽ちてしわがれた果実が堆積している。
庭に乗り捨てられたプラスチック製の三輪車は紫外線で全体が白っぽく変色しかつての面影は無かったが、それほど古い物でもなさそうだった。
それとは別に塀に備え付けられた腰ほどの高さの門の側には銀色の自転車が立てかけられていた。おそらく例の駐在の物だろう……
「ここだ……」
泉谷はあぜ道の真ん中で車を止めた。
古ぼけたねずみ色のセダンを降りて家の前に立つと卜部はベランダあたりを見上げてぽつりと口にした。
「なんだ……? この家は……?」
かなめと泉谷は耳ざとく卜部のつぶやきを聞きつけて顔を覗き込む。
「見た感じは普通ですけど……?」
かなめは恐る恐る口にした。
卜部は目を細めてかなめを見た。
「お前も感じてるだろ? 漠然とした不吉な感覚を……」
前情報がそうさせるわけではない。やはりこの家から感じる異様な気配は本物なのだ。
それを自覚した途端にかなめは身震いした。
「今感じているモノの正体は残穢だ。これほど強い残穢を放つ家を俺は知らん……」
沈黙を破って泉谷がポケットから鍵を取り出し言った。
「中……入るか……?」
卜部に鍵を揺らして見せる。
卜部は左手をコートのポケットに突っ込んだまま、右手で前髪を掻き上げ後頭部で止めた。
それは卜部が考え事をする時の癖だった。
かなめは卜部がこの姿勢になるのは大抵ヤバい時だと知っていた。
かなめの手に思わず力が入ったその時だった。
空き家の玄関扉が音もなく開いた。
三人は扉の方を見つめて固まった。
やがて扉の隙間の闇の中からぬぅと白い女の顔が突き出してきた。
長い黒髪を真っ直ぐに垂らした、色の白い女性。
思わず見惚れるような美しい首筋。
刹那卜部が叫んだ。
「見るな!!」
その声で我に返り、二人は慌てて目を瞑った。
卜部は視線を玄関の足元に落として女の顔を見ないようにしながらぶつぶつと何かを唱えていた。
「もういいぞ……」
どれくらい時間がたっただろうか。目を開くと卜部は額に汗を浮かべて肩で息をしていた。
「先生……」
かなめが口を開きかけると、それを遮るように卜部が声を出した。
「一旦引く。ここに来るのは情報を集めてからだ……」
卜部の有無を言わさぬ切羽詰まった気配を察して二人は黙って頷いた。
かなめが車の中から件の家をちらりと盗み見ると、最初と変わらぬ姿のまま家は静かに佇んでいた。
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