第28話 ペア戦の決着
夕食後にはレバーやホウレンソウなど造血作用に優れるという食材を使った料理が提供される。
また、失血した二人は意識的に水分を多くとっていた。
もちろん、血液はすぐにできるわけではないので、明日の対戦にはとうてい間に合わない。
ただ、少しでも体を労わろうという努力は無駄にはならないはずだった。
なにくれと篠崎の世話を焼く大鷲の姿は他のメンバーに様々な感情を抱かせる。
垣屋は焦りを感じていた。
甲斐甲斐しく坂巻に飲み物を取ってくるついでに、軽くボディタッチを試みるが、取り付く島もない。
礼儀正しく振る舞ってはいるものの、一線は越えさせないというのが明らかだった。
四宮は勝俣が馴れ馴れしくするのは許さなかったが、それなりに慰労はしている。
やはり勝てたことにより多少は心の余裕が生まれたということらしい。
城井と島田はつかず離れず、利害が一致しているもの同士の距離感で接していた。
一夜が明け、朝食後に第二回戦が開始される。
予定を繰り上げての実施だった。
これは前日に失血した坂巻と島田にとっては不利な変更と言える。
第二回戦は勝俣・四宮組対篠崎・大鷲組、垣屋・坂巻組対城井・島田組だった。
既に一勝をあげている四宮は積極的に大鷲に挑む。
角筋を開け、昨日と同様の棒銀で攻め込んだ。
昨日失血を強いられ失神した篠崎を抱える大鷲は、序盤での角交換を恐れた。
角筋を開けられないために防衛体制を構築するのにも手間がかかる。
それでも実力差が次第に戦況に現れてきた。
一見、良さげだが、十数手先に罠がある手に見事に引っ掛かり、飛車角を失ったうえで四宮は大敗する。
勝俣は試合終了後には気息奄々となってしまった。
勝って輸血された篠崎は実質的に失血量は無いはずだが顔色がすぐれない。短時間で血流量に大幅な変動をきたしたことで体に過大な負担がかかっていた。
その様子を見て大鷲はあることを決断する。
もう一方の試合はお互いに後がない者同士の戦いとなった。
勝俣・四宮組対篠崎・大鷲組の結果がどうなろうとも、二勝と一勝のチームができる。
垣屋・坂巻組、城井・島田組はこの戦いで負けると明日が相当厳しい状況となった。
しかも垣屋・坂巻に残っているのは明らかに他と隔絶する将棋の腕前を持っている大鷲との対戦である。今日負けると三戦全敗の可能性もあり、坂巻が駒を取った。
一方の城井・島田組は別の心配事を抱えている。
狂犬病発症のリスクを抱えている島田が二戦連続で採血される役に耐えられそうになかった。万が一島田が死亡すれば次は不戦敗で失格である。
城井は第三回戦が始まれば島田が死んでも構わないと腹の中では思っていた。
だが、始まるまではなんとしても生きていてもらう必要がある。
明日に自分が棋士を務めるのを納得させるためにも今日は島田に対局を任せるしかないと判断した。
坂巻と島田の対局は、精神力と集中力に勝る坂巻に軍配が上がる。
こうして篠崎・大鷲組が二勝で頭一つ抜けた状態となった。
昼食後に第三回戦が始まる。
垣屋・坂巻組対篠崎・大鷲組の試合は意外な展開となった。
既に敗退はない大鷲は、篠崎に対局を任せる。
午後になっても体調が優れなさそうな篠崎の体の具合を優先した判断だった。
実に甘い選択と言える。
そして、歩を数枚交換したところで、篠崎が二歩を指しあっさりと敗退した。
大鷲と篠崎はすぐに二人だけの世界に入り、坂巻はあえて、もう一方の様子を見に行かない。
対局中で、もう一方の対戦結果が分からない城井・島田組と勝俣・四宮組は凄惨な戦いを繰り広げることになった。
ぎゅっと抱きしめて密着し囁くことで三戦連続で採血される役を勝俣に押し付けた四宮と、腕のいい方が指すべきだという正論で押し切った城井がぶつかる。
勝俣も島田も一敗して血を抜かれているという点は同じだが、勝ち数は勝俣・四宮組が上回っていた。
後が無い城井は積極的に展開しながら考える。
垣屋・坂巻組も恐らく一勝のみのはずだ。単に勝つだけでは一勝組が三チームになり、さらに二戦することになる。健康状態に不安がある島田を抱えているだけ不利だ。
ならば、この試合で勝俣・四宮組を潰そう。
腕の差をフルに活用して、四宮の駒を取っていった。
王を誘導したうえで桂馬を打ち、王手飛車取りを仕掛ける。
あとは二枚の飛車を活用して、相手の歩を全部剥ぎ、必要のない香車、桂馬も根こそぎにした。
その一方で、なんとか勝てるんじゃないかというギリギリの期待を四宮に抱かせ続け投了させないようにする。
勝俣は何度か四宮に苦しくなってきたことを訴えたが、その度に煩わしそうに睨まれた。
意識を失う寸前に勝俣は四宮のパートナーに選ばれたことを呪う言葉をつぶやく。
しかし、その言葉は誰にも届かない。
そして、次に四宮が意識を向けた時には勝俣が息をしていなかった。
慌てて投了するが、勝俣は当然ながら蘇生しない。
「バカ。これぐらいで死んでるんじゃないわよ」
拳で胸を殴っても相変わらず死んでいる。
みるみるうちに四宮も真っ青になった。
城井は気取った仕草で言い放つ。
「パートナーは慎重に選ぶべきだったね。僕を選んでいればこんなことにはならなかっただろうに。お気の毒だよ」
城井が禍々しい笑みを浮かべていられるのも、もう一方の対戦結果を知るまでのことだった。
「そんな……あいつらが二勝で並んでいるだと」
ふらふらと城井は後退する。
急に首筋に痛みを感じて首を捻じ曲げた。
フーフーっと息を荒くして噛みついている島田の目と合う。完全に平静を失っていた。
スタッフが足音高くやってきて、テイザーガンで二人を制圧する。
「ぼ、ぼくにもワクチンを……」
島田の声は黙殺され、二人は外に連れ出された。
その様子をぼんやりと眺めていた四宮はスタッフによってストレッチャーに拘束される。
手早く針が刺されて機械のスイッチが押され、勢いよく血を抜き取り始めた。
勝俣に対する罵倒と助命を叫ぶ口に猿ぐつわがされる。
うーうーという声をあげていたが、しばらくすると意識を失い、そして勝俣と同じ運命をたどった。
残ったメンバーは四人。
アンダードッグゲームもそろそろ終盤を迎えていた。
そのことを感じ取って四人は思いを巡らせる。
篠崎と大鷲はもう優勝することへの興味を失っていた。いかにして二人が生き残るのかということが最重要となっている。
搬出される遺体を眺める坂巻の双眸に浮かぶ感情は余人にはうかがい知れない。
垣屋は勝ち残ったものの、大鷲や坂巻と競わなければならないことに明るい展望が見いだせず、呆然としていた。
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