第29話 老朽船
自室に戻ってきたスタッフの一人はマスクを外す。
プレイヤーDとしてサクラを務めた女性だった。
四宮が無様に死んだことに喜びが隠せない。
女性は四宮が横領の罪を着せた若手職員の姉だった。
会社をやめざるを得なくなり家でふさぎこむ妹を心配し、興信所を使って独自に調べ上げる。
男性アイドル相手に派手に散財している四宮が真犯人ではないかと疑い、徹底的にマークさせた。
ついに酒に酔った四宮が他人に横領の罪を擦り付けたという自慢じみた独白をする録音を手に入れる。
しかし、その執念は実らなかった。
女性の妹が失意のまま事故死をしてしまう。
四宮への憎悪を募らせているところに会長の使者からの誘いがあった。
「あなたの目の前で憎い相手が死んでいくのを見る方法がありますが……」
半信半疑だったが、女性はその誘いに乗る。
録音の四宮の会社に持ち込んで真相が明らかになったところで妹は戻ってこない。
四宮もせいぜい派遣を切られるぐらいだろう。
だったら、この胡散臭い話に乗ってみるのも悪くない。
結果として、その選択は大正解だった。
女性は助けてくれるよう哀願する四宮の口に手拭いを噛ませてしゃべれなくしている。
そのときには、いいようのない興奮を覚えた。
ざまあみろ。
残っているプレイヤー四人に個人的に恨みはないが、きっと、あの四人も四宮のように世間を欺いて他人を苦しめている悪党に違いない。
どうせあと少しでゲームは終わる。
それまではこの甘美な復讐の機会を与えてくれた会長への義理は果たさなくてわね。
そう考えているとドンという音と共に船がぐらりと傾いた。
ほぼ同時刻、会長は私室でモニターを眺めている。
残りのプレイヤーは篠崎、大鷲、坂巻、垣屋の四人になっていた。
六人残る想定よりも二人プレイヤーが減っている。
一応、城井と島田は拘束しただけでまだ処分はさせていない。
あまり早く楽にさせては恨みを持つスタッフの気持ちに反することになってしまう。どうせ絶対に命は助からないのだから、何も処分を急ぐことはなかった。
頭を切り替えて、次のゲームをどうしようか考える。
もう十分に賭け金は集まっていたし、もうあと一回で今回のゲームは幕引きをしてもいいかもしれないな。
頭脳戦をやったばかりではあるし、順番としても見栄えの良さからしても、次は肉体を使っての戦いを観客は期待しているだろう。
それ自体はいいとして、残存メンバーでは三対一でも坂巻に勝てないと予想されることが問題だった。
坂巻以外の三人にハンデを埋め合わせるものを与えようにも、それに見合うものが思いつかない。
弾道ナイフにしても、テイザーガンにしても、渡したところでうまく使いこなせず、坂巻に奪われるのがオチだろう。
それに篠崎と大鷲は連携しようとするだろうが、垣屋は大鷲と歩調をうまく合わせられるかというと疑問がある。
仮に共闘して坂巻を排除できたとしても、その次に二人がかりで狙われるということが容易に想像できるのだった。
そうなると三対一で対抗するという考え自体が机上の空論といえる。
坂巻の勝ち残りが見えているゲームを長々と続けるのも興ざめだ。
まあ、まだ盛り上がる要素はある。
篠崎は間違いなく生き残れないだろうし、篠崎を害した相手に大鷲が必死になって復讐しようとするはずだ。
そこで一矢報いることができるかどうかを賭けの対象にしても面白かもしれない。
残り四人でのバトルロワイヤルの準備を始めさせようとしたときだった。
どこか遠くで衝撃音が発生し、クルーズ船がぐらりと傾く。
ついにこのオンボロ船にガタが来たようだな。
まあ、シナリオの変更はデスゲーム界隈ではよくある話だ。
最悪の場合はプランBといこうか。
そこへ、里見が飛び込んでくる。
「会長。大変です。ついに以前座礁した側の外壁が何かの衝撃で破れました。その影響で周囲の二ブロックほどを巻き込んで浸水しています」
「慌てるな。魚雷攻撃でも受けたわけでもあるまい。事故船を買ったときから予想していた事態だ。その程度ならそれほど航行に支障はあるまい」
「しかし、すでに三パーセントほど傾斜をしています。隔壁が持たない場合、傾斜が進んで横波を受けると復原できずに転覆する恐れがあります」
里見の言葉に合わせたかのようにさらに傾斜がわずかに強くなった。
会長は苦笑をする。
「ふむ。やはり、隔壁ももろくなっているようだな。それでは止むをえまい。最低限のスタッフを残して全員退船するように指示を出せ」
「ということは、ゲームは続行されるのですか?」
「ああ。賞金の贈呈式は残念ながらできなくなってしまったようだが、最後のゲームを実施しようじゃないか。私はスポンサーに予定変更の連絡をする。里見君、きみはゲームの小道具のチェックをしてくれたまえ。そうだ。あの二人も有効活用しよう。リモートで部屋から解き放たれるようにするんだ」
里見が慌ただしく部屋を出て行くと、会長はマスクを装着して部屋の隅の演台に向かった。
手短に状況を説明すると、予定を変更した形でファイナルゲームを実施することを告げる。
「無事に脱出できるのは誰か? その際、賞金の十億円を持ち出せるのか? それとも、この船と運命を共にするのか? 手に汗握る活劇の始まりです。どうぞ最後までお楽しみください」
放送を終えると手早く身支度をした。
もとより、このようなケースも想定していたので、残していって困るようなものはない。
部屋を出ると廊下を進んでエレベーターでロビー階まで降りた。
ロビーではスタッフが次々とデッキに向かっている。
デッキではスタッフが乗り込んだ救命艇兼用のテンダーボートが海面に向かって下ろされていた。
デッキからそれを見送っていた会長のところへ里見がやってくる。
「準備が完了しました。プレイヤーは何か感づいているようですが、部屋から出られず手をこまねいているようです。我々も脱出しましょう」
最後のテンダーボートに会長ほかのスタッフが乗り込むと里見がクレーンを操作して海面に下ろした。
里見がロープを伝って降りてくる。
クレーンからテンダーボートを切り離す作業を見ながら、テンダーボートの船内で会長は最後のアナウンスをし始めた。
「プレイヤー諸君に告げる。これからこの船での最後のゲームだ。部屋のロックは解除した。ルールと状況説明は、ロビーにあるので自分たちで確認してくれたまえ。そうだ。これは忠告だが、必要なものは全て身につけてロビーに行くことをお勧めするよ。グッドラック」
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