第27話 出血戦

 第三ゲームのペア将棋第一回戦はBI組対FJ組、EH組対KM組になる。

 ロビーの端に二つの対戦スペースが設置された。

 将棋盤に向かい合うように配置された椅子の横にはストレッチャーが置かれている。

 ストレッチャーの横には採血用の機器が鎮座していた。

 二つの戦いは同時にスタートとなる。

 一方のBI組対FJ組戦は、観客の事前予想に反して四宮と垣屋が棋士を務めていた。

 両方とも女性が戦うことになってはいるものの、そうなった事情は異なっている。

 BI組においては、四宮が血を抜かれるなんて絶対に嫌と言い張った。

 年上の美人に強く出られると勝俣では抵抗しきれない。

 FJ組がこうなったのは、棋力が高そうな他チームに備えて垣屋の体力を温存しようという作戦である。

 上半身を起こすようにしてストレッチャーに固定された勝俣と坂巻に採血用の針が挿入された。

 先手の四宮は棒銀で攻めあがる。

 囲いをせず飛車筋をごりごり攻撃する単調な手だったが、素人相手には十分だった。

 歩の交換が行われ、採血管のコックが開かれて、管の中を赤い血液が流下する。

 まだ、ごくわずかな量ということもあり、勝俣と坂巻は余裕の表情だった。

 少しずつ、採血量が増えていく。

 勝負は意外とあっさりとついた。

 小さなミスで自陣に侵入され、角側の香車、桂馬を取られると垣屋は支えきれず、物量に押される形で王将を取られて勝負がつく。

 それでもお互いに飛車角の交換はしなかったので、坂巻の失血量はそれほど大きくはならなかった。

「ごめんなさい」

 勝負の後で垣屋は謝るが坂巻はそれを押しとどめる。

 確かにこの一戦を落したのは痛い敗戦だが、今さらどうしようもなかった。


 もう一方の試合は大鷲対城井の対戦となる。

 純粋な腕なら大鷲の方にやや分があったが、捨て駒ができず定石どおりの手が制限された。

 また、小柄な篠崎と恰幅のいい島田では明らかに体内の血液量が違う。

 城井は大鷲に比べて駒交換にあまり神経を使わなくていいというアドバンテージがあった。

 それでも最初はお互いに慎重に守りを固める展開となる。

 自陣の囲いが完成すると相手を攻めるフェーズに入ったが、篠崎を気遣う大鷲はどうしても消極的な展開にならざるをえなかった。

 なるべく駒を取られないいようにするにも限界があり、中盤にさしかかる頃には篠崎は血の気が少なくなって顔色が白くなる。

 それを心配そうに横目にしつつ盤面を検討していた大鷲に転機が訪れた。

 自陣に引いて守りを固めていたように見えた竜馬の効き筋を見逃した城井がまずい手を打つ。

 ここから駒交換のラッシュをかければ詰められそうな道筋が見えた。

 大鷲が篠崎を見ると青白い顔で頷く。

 まだ大丈夫。だから勝負に出て。

 無言の応援に大鷲は飛車で金将を取りつつ王手をかけた。

 飛車を失ったときの失血量は多い。それにも関わらず飛車を犠牲にする手を指してきたことに城井は虚を突かれる。

 玉将を逃がせば逃げきれそうではあるが、相手にかなりの駒得を許しそうだった。

 飛車を取って、この後に相手が持ち駒を打ってくるのと交換を続ければ、あの女性は失血に耐えられないのではないか?

 飛車を取ると、機械が低い唸りをあげて規定量の血液を篠崎から吸い出す。

 さらに数手進み駒交換により採血が進み、篠崎は失神した。

 鬼気迫る表情で大鷲は桂馬を張る。

 竜馬が王の頭を押さえていて逃げられなかった。

 城井は制限時間いっぱいまで粘るが戦局に影響のない大鷲の駒を取るしかない。

 勝負を決めると大鷲が叫ぶ。

「早く輸血を!」

 素早く処置がなされて篠崎は意識を取り戻した。

 目に涙を浮かべて大鷲は篠崎に謝罪の言葉を口にする。

「すまなかった。まさか、これほど長引くとは……」

「ううん。私、勝つの信じてましたから」

 先に勝負がついていた勝俣がその様子を羨まし気に見ていた。

 俺とプレイヤーIが同じようなシチュエーションになっても絶対あんなセリフは言われないだろうな。どちらかというと罵倒されるだろう。

「なんか、あそこだけ別世界じゃねえか。くそ。目の前でメロドラマ繰り広げるとはマジでムカつく。弾けやがれ」

 そんなつぶやき声は二人には届かない。

 まさに負け犬の遠吠えであった。

 

 ***


 観客の反応を報告しにきた里見が興奮気味に言う。

「ギャラリーは盛り上がっています。始まるまではチェスに似たボードゲームなど地味で面白くもなんともないと言っていたお客も絶賛しています」

 賛辞を会長は当然のように受け止めた。

 まるで教師が生徒に教えるかのような口調で説明する。

「いいかね。派手な仕掛けなどなくても、ルール次第ではなんでも盛り上がるのだよ。どんな地味な内容でも、それに本人にとって大事なものがかかっているとなれば真剣勝負になる。もともと命がけのデスゲームではあるが、自分の選択がパートナーを傷つけるとなれば目の色を変えざるをえまい。ましてや、あのペアであればなおさらな」

「会長はこのようなカップルができると予想されていたのですか?」

「できてもおかしくはないと思っていたな。ま、これも一種の吊り橋効果ではあるのだろうね。常に命がけだからな。ゾンビ映画でモールに立てこもった男女がおっぱじめるのと一緒さ」

「そうですか。さすが会長です。それにしても、今まで強さを見せつけていたプレイヤーJが敗退する可能性がでてきたというのは予想外でした」

「Hと組まれれば死角はなくなって、面白さが半減したのだろうな。ぶっちぎりでこのペア戦を制しただろう。そういう意味でもプレイヤーEとHとのロマンスには感謝しなければならないかもしれないな。まあ、ただ、このままHが勝ち続けるとも、Jが敗れ去るとも思えないがね」

「どういうことですか?」

「それを君に解説しても始まるまい。まあ、意外とそれぞれのチームに弱点があり、拮抗しているということだ。確かにJが消えてくれた方が、好都合ではあるがそのような介入をするわけにはいかないだろうしな。ここは運命の気まぐれにまかせようじゃないか」

 会長は余裕の笑みを見せながら考える。

 さて、ゲームも終盤だな。このオンボロクルーズ船はあとどこまでもつか?

 里見に向かって指示を出す。

「それよりも退船の準備を整えておけ」

「了解いたしました」

 踵を返し部屋を出て行く里見を見送りながら、会長はペア戦がどうなるかについての予測を巡らせた。

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