第20話 それぞれの事情

 クロスワードパズルを解くそぶりを見せながら、坂巻は半年ほど前の上司との会話を思い出している。

 上司はアンダーグラウンドで開催されているデスゲームへの内偵を依頼してきた。

 今までに集めることができた僅かな情報を寄せ集めると、人生に行き詰まった人間を集めて競技させ、莫大な賭け金を集めているらしい。

 しかし、あくまで噂レベルでしかなく、何も手掛かりがないとのことだった。

 とりあえず、偽装のために坂巻が捜査情報を流しているという状況証拠を作り、裏社会への浸透を開始する。

 もちろん、公式の捜査ではない。

 普通ならこんな条件の悪い案件は引き受け手がいなかった。

 しかし、坂巻は身軽な身の上である。

 妻は既になく、男手一つで育ててきた息子も昨年に失っていた。

 極秘任務に就いた坂巻が汚職しているというのは偽りであるということを証明する上司の覚書きは、偽装が漏洩するのを防ぐために厳重に秘匿されている。

 その在りかは直属の上司しか知らない。

 そんな状況で、アンダードッグ・ゲームの開催がヨッターで発表された。

 坂巻は勇躍して申し込みをする。

 今までに集めた情報から、これはガセでは無いという確信があった。

 そして、当選の通知を受け、直接報告するために上司の元を訪れる。

 電話やデータ通信は信用できなかった。

 そこで衝撃的なことを知らされる。

 上司が急性肺炎で昨夜亡くなったというのだった。

 ヘビースモーカーだったために肺の機能がもともと低かったところにウィルスが感染して炎症を起こし、気づいたときには手遅れだったと聞く。

 話してくれた警察官はなんとなく坂巻に対してよそよそしい。

 坂巻は自分を守るものがなくなったことを知った。

 自分が汚職をしていたという証拠は入念に作ってあり、上司の覚書きがなくては無実を証明することは甚だしく困難と思われる。

 非常にばかばかしいことだが、坂巻にはアンダードッグ・ゲームに参加するしか道が残されていなかった。

 心残りがないかといえば、なくはないが、坂巻はこんな危険な案件を引き受けるほど厭世的な面がある。

 自らが陥った境遇に苦笑を漏らしながらクルーズ船に乗船した。

 いくら大恩のある上司と言えども、保険はかけておくようもうちょっと強く頼んでおくべきだったな。

 そんなことを思うが、人はある日突然自分が死ぬなどとは思わないものである。

 まあ、これも人生かと諦めてゲームに参加したのだった。

 坂巻は物思いから覚める。

 ゲームが進行するにつれて、坂巻の中ではある点が急に気になっていた。

 この主催者はプレイヤーの死亡が発生した際に逐一画像を添えてヨッターで報告している。

 中にはかなりショッキングな画像もあった。

 それなのにヨッター運営は何もアクションを取ろうとしていない。

 以前からその辺りの対応はルーズなところが多いSNSではあったが、今回の投稿は過去例と比べてもあまりに緩すぎた。

 ひょっとすると、このゲームの主催者はヨッター運営に相当な影響力を行使できる人物なのではないか。

 そうだとするなら、坂巻にはぜひとも知りたいことがあった。

 そのためにはゲームの主催者を自称する会長に直談判するしかない。

 常に屈強なスタッフと共にある会長を脅してでも尋問するチャンスは、優勝して賞金を渡される瞬間だと判断していた。

 ゲーム参加へのモチベーションが比較にならないほど上昇している。

 だから、昨夜、連続殺人鬼であることが疑われるプレイヤーDを糾弾し、棺桶の犠牲者とすることにためらいは無かった。

 ゲームプレイヤーに清廉潔白な人物はいないということで、心理的障壁は限りなく低い。

 むしろ死んで当然という気持ちに近いものを抱いていた。

 なにしろ、十三人も殺した人物である。

 他に死んだのも一人は保険金殺人犯だと自白していた。

 プレイヤーAの罪状については分からないものの、どうも女性関係らしいというのは予想できている。

 ただ、最初に棄権を言いだしたGをバネの力で刃が飛び出す弾道ナイフで殺害したのは、ずっと気になっていた。

 このナイフは銃刀法に違反している。

 そんな危険物をスタッフが大量に持っているようだ。

 しかし、ここで後ずさりしたところで、過去は変えられない。

 先に進み、ずっと知りたいと思っていたことを手に入れるのだ。

 坂巻はクロスワードパズルから目を上げる。

 残り八人となった競争相手。

 無駄な望みではあるのだろうが、願わくば、今後、直接自分が手にかけるようなことがないことを祈ろう。

 

 ***


 プレイヤーMは提供された本を読むふりをしながら坂巻を斜め後方から観察する。

 Mの本名を島田武司といい、ビジネスマン風の容貌であるが、その実態は、中身のない情報商材ビジネスに手を染めていた。

 今まで関わってきた組織やグループでは、誠実で有能そうな見かけを利用して言葉巧みに会員を勧誘し、全く役に立たない教材を高値で販売している。

 仕事を斡旋するからすぐに元が取れると吹聴し、実際に一、二回は簡単な仕事を回すが、その後はぱたりと連絡が取れなくなるのだった。

 被害者の手元に残るのは尻を拭く紙にもならない教材と多額の借金だけである。

 まだ社会人経験のない大学生や、主婦を中心に多くの被害を発生させていた。

 家庭を崩壊させたり、人間不信から引きこもりにさせたりしている。

 被害者が集団訴訟を起こした。

 幸いにもその裁判では島田への損害賠償請求が認められることになる。

 ただ、救いがないことは、多くの人を騙して集めた金も島田がすでに外国為替証拠金取引で溶かしてしまいほとんど残っていないことだった。

 島田が裁判に負けたのもつまるところ金が無くて弁護士を雇う金もなかったからである。

 ほぼ無資力な島田は無い袖は振れぬとまったく返金していない。

 アンダードッグ・ゲームに参加したのも金を稼いで返済しようというつもりではなく、自分が再旗揚げをする原資にするつもりだった。

 周囲の人間は自分がのし上がる踏み台ぐらいにしか思っていない。

 殺人鬼ゲームではできるだけ目立たないようにとの戦略で行動していた。

 有能と思われれば殺人鬼に生かしておくのは危険だと狙われる。

 誠実な外見は無駄に敵を作ることはないことを熟知しての作戦だった。

 今後直接対決するような場面になれば、徒党を組んで有力者を倒そうという動きもあるかもしれない。

 頭脳戦ならプレイヤーHが、直接戦闘ならプレイヤーCが脅威となる。

 そして、プレイヤーJは常に警戒されるだろう。

 島田としては、二番手、三番手の位置で共闘して上位者を倒すポジションに収まるつもりだった。

 

 

 

 

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