第21話 第二ゲーム

 翌日、プレイヤー九人がロビーに集められる。

 海が少し荒れているのか、今まで感じなかったようなゆっくりとした揺れが生じていた。

 次のゲームの説明をしようとする会長に大鷲がその点を指摘する。

 会長は、ああそんなことかと肩をすくめた。

「化粧直しはしているが老朽船なので揺れを防止するスタビライザーも旧式でね。多少の揺れは我慢してくれ。船の全てを見せないのは、改装せずボロいままのところもあるからなのだよ。さて、次のゲームだが、カジノルームに隠してあるこの金色のメダルを探してきてもらう」

 会長はポケットから直径四センチほどのメダルを取り出し、横に設置されたモニターにそのメダルが大写しになる。

 会長はメダルの表と裏が見えるように手首を動かした。

「表はサモトラケのニケ、勝利の女神の像が、裏はDate et dabitur vobisという言葉が刻まれている」

「は? なんだって?」

「細かなことは覚えなくていい。君たちプレイヤーには同じ模様で銀色のものを渡す。それに一字だけ変えた偽物を用意して無効だなど言うようなとつまらないことはせんよ」

 スタッフの一人が進み出て一人一人に渡していった。

 各プレイヤーは渡されたメダルをしげしげと眺める。

 スタッフが配り終わると元の会長は説明を再開した。

「船尾側に位置するカジノルームは出入口が三か所ある。それぞれ三人ずつ割り当てるので中に入ってメダルを探し、出入口から外に出てきて船首側のエレベーターホールまでたどり着き、メダルを一つでも持ってこれれば成功だ。とても簡単だろう?」

 会長はプレイヤーを見渡す。

 誰かが茶々を入れるの期待したが、誰も反応しないので話を続けた。

「少しは反応してくれないかね。……まあ、いい。ちなみにメダルは二十五個隠してある。参加者より数が多いと思うかもしれないがその点は後で説明するよ。そして、今回も直接他のプレイヤーへ危害を加えることは禁止させてもらう。つまり、誰かからメダルを強奪してはならない。ただし、なにかの弾みで落としたものを横取りするのはOKだ。では、細かい部分を説明するよ」

 見つけたメダルは常に見える位置に携行しなければならない。ポケット等に入れて隠すのは禁止。故意に隠した場合は失格とする。

 会場となるカジノルームの温度は摂氏二度以下を維持するようになっている。

 一度カジノルームから出たら再入室は不可。

 半数がカジノルームに入った時点で、廊下に野生のキツネを一匹放つ。障害になるようであれば、このキツネは実力で排除してもらっても構わない。なお、キツネは狂犬病に罹患している。

 狂犬病というくだりが出たところで、大鷲が反応した。

「なんだと? 狂犬病は発症したら助からないんだぞ」

「ああ、だから我々は既にワクチンを事前接種済みだ。君たちに対しては持ち帰ったメダルの数と同じ本数のワクチンを投与することを約束しよう。製造元の取扱説明書によれば、噛みつかれた後の投与の場合、三本打てば発症を抑える効果が期待できるらしい。まあ、首などから感染したときは間に合わないこともあるようだがね」

 プレイヤーCが質問する。

「一人で二十五個全部を手に入れてもいいんだな? その場合はそいつの勝利が確定するが」

「全部を探し出すことができ、見える状態で運ぶことができるならね。そうそう、カジノのあるフロアの見取り図を見せておこうか」

 皆がモニターに注目した。

 エレベーターホールからカジノルームまでは通路が漢字の月の字のようになっている。

 一番上の横棒にエレベーターホールが隣接していた。

 二本目の線には化粧室が設置されており、三本目の横線とその下の縦線にカジノへの出入口がある。

 カジノルームからエレベーターホールまでは百メートルほど。走れば十数秒で到達できる。

 脚に自信があるならメダル一個を持ち、キツネの居ない方の通路を駆け抜けてエレベーターホールに到達するという手があった。

 なにしろ摂氏二度という気温はかなり寒い。あまり長時間の行動はできないだろう。

 ただ、万が一キツネに噛まれる事態を考えるとメダルは三つ確保しておきたい。そうなるとメダルの数は全員が三つ持つには二つ足りなかった。

 プレイヤーCのように他者の妨害のために必要以上にメダルを集めようとする者もいるかもしれない。

 それらの点を考慮すると二十五個という数は微妙なバランスをとってあることが分かる。

 会長がプレイヤーに問いかけた。

「昼食後三十分でゲームを開始する。さて、何か質問はあるかね?」

「その狂犬病っていうのはそんなにヤバイのか?」

「そうだね。症状がでれば百パーセント助からないと思ってもらって構わない。感染している動物に噛まれたり、引っかかれたりするとうつる恐ろしい病気だ」

 坂巻が手を挙げる。

「制限時間の説明はなかったと思うが?」

「制限時間はない。ただ、現実的にはその服装で、気温二度の環境だと活動できるのは三十分が限度だろうな。意識を失ったり、行動できなくなった時点でリタイアとみなす」

 ある意味過酷なルールだった。

 時間制限でゲームセットにならない以上は、気力体力の続く限り極端に寒い環境で捜索を続けなければならない。

 会長は見回して質問がないことを確認すると、昼食会場に移動するよう促した。

 今まで使っていなかった部屋で、カフェテリア形式になっている。

 定食、カレー、そば、うどん、ラーメンなどが提供されていた。

 この後ゲームが行われる環境の温度を考えて、プレイヤー九人は温かいものを注文して食べ始める。

 激辛カレーを注文する者もいた。ある者はかけうどんにテーブルの上の七味唐辛子をひと瓶ぶちまけ、むせながら食べる。

 別の者はラーメンを熱々で提供するように頼み、卸しニンニクを山ほどかけていた。

 カジノルームに入るとうかつに出られないということで昼食後に全員お手洗いを済ませる。

 エレベーターでカジノのあるフロアへ移動した。

 鉄製の檻が二つエレベータホールに置いてある。

 中には明るい茶色い毛皮のキツネが涎を垂らし落ち着きなく動き回っていた。明らかに異常な様子であることが見て取れる。

 体長は七十センチほどでそれほど大きくはない。

 成人男性なら武器無しでも十分に戦えそうだし、女性でも一方的にやられることはないだろう。

 問題は体内に危険なウイルスを持っていることだった。

 プレイヤーたちはスタッフの指示に従い、キツネを横目に見つつ移動する。

 エレベータホールから廊下に出る扉はガラスの大きな回転ドアになっていた。

 四つに区切られた各スペースは同時に三人は入れるぐらいの広さがある。

 廊下を歩いて進み、三人ずつのグループに分かれて所定の位置についた。

 スタッフが駆け足でエレベータホールに戻っていく。

 天井のカメラのレンズがプレイヤーを向いていた。

 スピーカーから声が発せられる。

「それでは準備はいいかね。ゲーム開始!」

 会長の声と共に、プレイヤーはカジノルームに飛び込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る