第15話 なぜAが狙われた?

 プレイヤーFはなんでもない風を装いながら、奥歯を密かに噛みしめる。

 これはまずいわ。このままだとプレイヤーCが安全圏に行ってしまう。それだと私が恨みを買ったままになるじゃない。今は直接対決を禁じられているけど、次のゲームがそうとも限らない。あんな乱暴者に目の敵にされたらたまったもんじゃないわ。

 なんとか、プレイヤーCについての不利な情報を考えた。

 さきほどのDとの会話で持ち出したことを、大鷲に対しても主張することにする。

「さっき、Aさんの写真がヨッターで流れてきたとき、Cは全然顔色が変わっていなかったわ。それはもうすでに知っていたからじゃないかしら」

 プレイヤーCが割り込む。

「なあ、あんたとは違うんだよ。殴り合いをしたり、刃物で斬りつけられるなんてのは日常茶飯事なんだ。あんな感じで半殺しにしたこともある。あの程度の写真でびびってられるかっての」

 得意げに語ってから、顔色を変えた。

 プレイヤーJの方をそっと盗み見る。

「ああ。半殺しってのは俺がやったわけじゃねえぜ。そういう場面を見たことがあるってだけだ。勘違いすんなよ。それによ。顔色を変えてなかったってことじゃ他にも居たぜ。それこそ、マッポとそっちの姉ちゃんもそうだ」

 プレイヤーDとJを指さした。

「まあ、マッポは見慣れてるだろうけど、あの姉ちゃん、女なのに肝が据わってるなと思ったぜ」

 指名されたDは反論する。

「私は看護師なので血は見慣れています。事故でもっと酷い状態で搬送されてくる方もいますし、それでいちいち顔色なんて変えていられません」

「ふーん。まあ、看護師を自称するのはいくらでもできるからな」

「それはそうですね。注射器とお医者様の指示があれば、いくらでも手慣れたところはお見せできますけど。それに顔色を変えていなかったことを根拠にするならJさんも同様にしてもらわないと不公平です。あの方が警察官という証拠がないのは一緒ですから」

 プレイヤーCは両手を上げた。

「わーった。わーった。俺も別にあんたを疑っているわけじゃねえ。顔色が変わったというのが理由にならねえってのを言いたいだけだ」

 プレイヤーFは矛先を変える。

「ねえ、あなた達はほとんど議論に加わってないわね。少しは参加しなさいよ。目立たないようして殺人鬼のターゲットにならないようにする作戦なのかもしれないけど、少しセコすぎない?」

 プレイヤーKとMを名指しした。

「いや、僕は何も思い浮かばなくてね。みんなの議論に感心しているばかりさ。ご覧の通り暴力とは無縁なんでね」

 Kは自分の顔面が女性にどのような効果を与えるか知り尽くした笑みを浮かべる。

「そんな顔をしても無駄よ。私はそんな世間知らずの小娘じゃないんだから」

「それは残念。僕はあなたのような勝気な美人は好きなんだけどな」

 臆面もなく言ってのけた。

 プレイヤーFは肩をすくめて、Mに向き直る。

「あなたは何か意見はないの?」

「今の議論から少しずれるがいいかね。殺人鬼はなぜ昨夜の犠牲者にプレイヤーAを選んだのだろう?」

 Fはその質問に虚を突かれた。

「そんなの殺人鬼じゃなければ分からないわよ。あ、私に鎌をかけたつもり? これで説明したら、お前が殺人鬼だろう、とかそう言うわけね?」

「いや。単に殺人鬼はどう考えたのか疑問に思ったのと、ひょっとするとそこから何か分かるんじゃないかと思っただけだ。話を逸らして悪かったね」

「そんなことは無いわ。そうね。どうしてAだったんでしょう」

 答えを出してくれそうなJは眉根を寄せて考え事をしている。

 そうなると議論に積極的に参加しそうなのは、大鷲ぐらいしかいなかった。嫌々ながら水を向けてみる。

「色んな事に一家言があるようだけど、なぜ殺人鬼がAを狙ったかという点についても、何か考えがあるの?」

 大鷲は眼鏡に中指をあてて位置を調整しながら答えた。

「当然その点についても考えている。部屋の鍵が開かないことを避けたのだろう。恐らく本当に狙いたいのはJさんだった。何しろ昨夜は彼がいなければ、議論がまとまらず棺桶を使えなかったかもしれない。彼が居なければ今日この場がぐだぐだになるのは明白だ。だが一方で、誰もが自分以外で守るべきなのは、と考えたときに、彼を選ぶことも容易に想像できる」

「それは……たぶんそうね」

「そして、私は早々に除外された。何しろ無実のLさんを指名した間抜けだ。お陰で昨夜は無事に生き延びることができている」

 大鷲は自嘲気味に笑う。

「ついでに言うとCさんに固執している君もターゲットから外されただろう。生かしておけば、今日もCさんに粘着するだろうという予想からだ。事実、殺人鬼の思惑のとおりになっているようだね。もし、殺人鬼がCさんなら部屋が開かないリスクを冒してでも昨夜のうちに君を殺そうとしただろう。だから、そういう意味でもCさんは違うという補強証拠になる」

 思わぬ方向から自分の意見を否定されてプレイヤーFは唇を噛みしめた。

 ああ、Mに発言を促したのは失敗だったかもしれない。でも、どのみち、大鷲が自分で言いだしただろう。

 悔しいが大鷲の方が頭脳の出来がいいようだ。

「それじゃあ、Aさんを選んだ理由は分かるの?」

「そこまでは分からない。まあ、昨夜最初にCさんを選ぶのに賛成した人間を外して、あとは誰でも良かったんじゃないかと思う。誤算はEさんがCさんは殺人鬼ではない、と言ったことだ。それがなければ、もっと早い段階で今日の棺桶送りはCさんに決まったかもしれない」

「つまり、あなたは私が殺人鬼だと言いたいの?」

「そこまで言うつもりはない。それだけの証拠がないからな。ただ、あなたが議論をミスリードしている状況が殺人鬼にとって有利だということは指摘しておこう」

「そう。私を犯人扱いしないとは意外ね」

 大鷲は鼻を鳴らす。

「そんなことをすれば俺があなたに伍することになる。私は感情ではなく、あくまでロジックを重んじる人間だ。まあ、昨日外したから大口を叩ける立場では無いがね」

「少し反省した振りをしながら、女は感情の動物と言わんばかりの顔がムカつくわ」

「それは、あなたにその自覚があるからだ」

 やっぱり、こいつは嫌な男だ。

 そう思ったが、プレイヤーFは嫌悪感を表に出すのは抑え、そっぽを向くに留めた。

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