第16話 凶器はいずこ?

 プレイヤーBこと勝俣が不満げな声をあげる。

「なんか俺だけ無視されてんだけど」

 皆のそういえばもう一人居たな、という視線を浴びてさらに不貞腐れた。

 実際問題、誰もが勝俣の存在を意識の外に追いやっている。

 それほど、記憶に残る勝俣の回転寿司店での映像は殺人鬼というイメージからほど遠かった。

 大鷲があいまいな笑みを浮かべる。

「ああ。そうだったね。ただ、まあ、私はきみはC以上に殺人鬼ではありえないと思っているのでね」

 プレイヤーFもすぐに相槌を打った。

「私もその点は同意するわ」

「まあ、俺が棺桶送りになりにくいというのは有難い話だけどよ。俺も殺人鬼に狙われるかもしれないという立場では同じだろ。発言の権利すら無いとは言わせないぞ」

「ああ、分かったよ。それでは君の意見は?」

「こういうときのパターンとして、俺は一番らしくないのが怪しいと思うんだ」

 だから、それはお前なんだよ。

 その場にいるほとんどの人間が心の中で指摘する。

 そんなことには気づかずに勝俣は、プレイヤーIを指さした。

「推理もののマンガをよく読むんだけど、俺はIさんが殺人鬼なんじゃないかと思う。彼女はこの中で一番か弱そうな女性だ。こんな人が殺人鬼だなんて誰も思わないだろ? これ以上に意外性のある展開はないと思うんだ」

 得意げに話す勝俣をプレイヤーFが呆れた顔で見る。

「あなたマンガの読み過ぎよ。フィクションと現実を一緒にしないで。さすがにIさんじゃ無理でしょ。あの腕の細さでどうやって人を刺したり斬ったりするのよ?」

「昨夜はみんなも体が麻痺して動けなかっただろ。動かない人間相手なら余裕じゃないか」

「昨夜はね。今まで十三人も殺しているのよ」

 勝俣は唾を飛ばしそうな勢いで反論した。

「そのときだって薬を盛ればいいじゃないか。睡眠薬でもなんでも。それに何も刃物で殺さなくたっていい。毒殺って手もある」

 エスカレートしそうになる二人に大鷲が割って入る。

「確かに予断を抱くのは良くないな。しかし、やはり私もIさんは難しいと思う。十三人殺してバレていないということは遺体の処理が絶対に必要だ。彼女では遺体を運んだり切断するのは相当困難だろう」

「ああ。そうかよ。せっかく意見を出したのに聞くつもりがねえってか」

 勝俣はますます不貞腐れた。

 その様子を見て、内心面倒くさいなと思いながら大鷲がとりなす。

「いや、安易に女性を除外すべきではないというのはその通りだ。それは良い着眼点だと思う。結果的に殺人鬼ではなかったが、木下綾乃も保険金殺人を犯していたわけだしな。その点を組み込んで再考しよう。Iさんは無理だろうし、Eさんも同様だ。ただ、Dさん、Fさんは少なからず可能性はあり得るな」

 確かにプレイヤーD身長が百七十センチあって女性にしては大柄だった。

 Fもジムに通っているのか腕や肩はしっかりしている。

「なんかちょっと傷つくわ。いつもデカ女呼ばわりされているのに」

 Dさんが幼く見える顔をくしゃりと歪めた。

「ちょっと待ってよ。そりゃ体型維持のために運動はしてるわ。ダイビングもしてるし体には自信があるわよ。だけど、私だって、あんな風にしつこく刃物で傷つける変態じゃないわ」

「どうだかなあ」

 すかさずCが野次を入れる。

 それを無視してFが声を強めた。

「そうだわ。Aさんをあんな風に傷つけた凶器の刃物が殺人鬼の部屋にあるはずだわ。これから全員の部屋を調べましょう。そうすれば一発よ。なんなら私の部屋から始めてもいいわ」

「ちょっと待ちたまえ。部屋の捜索は許可できない」

 スピーカーから声がする。

「これはゲームなのでね。あくまで君たちには推理で殺人鬼を判断してもらう。家捜しなんて無粋な真似はやめてくれたまえ」

 半ば予想していたのかFはあまり騒ぎ立てない。

「それじゃあ、最初から仕切り直しか……」

 ロビー内で少しずつ距離をとって佇む他のプレイヤーを見回した。

 そういえば、昨日はあれだけ進行を仕切ったJさんはどうしたというのだろう?

 先ほどのHの発言ではないけれども、殺人鬼に狙われる恐れに気づいて目立たないようにしているのだろうか。

 

 ***


 その頃、ヨッターをはじめとするネット空間上では大騒ぎが発生していた。

 次から次へと投稿されるショッキングな写真を巡って激論が戦わされる。


『こんなの盛り上げるための特殊メイクに決まってんじゃん。釣られてやんの』

『いや、どう見てもこれはリアルに殺人をしてるっぽい』

『工作員、おつ』

『どうせ、今にこの先は有料ですとか、どっかのサイトに誘導されんだろ』

『本物かどうかはともかくあの画像はセンシティブすぎる』

『ヨッターの運営はどうしてるんだ?』

『通報しますた』


 事件が起きているのではないかと問い合わせが殺到した警察は対処に追われた。

 しかし、今までの投稿を信じるならば、洋上でのこととされており、日本に帰港しないことには捜査員を乗り込ませることもできない。

 それに悪戯の可能性も捨てきれなかった。

 捜査員を大量に乗り込ませた挙句に作りものでしたとなったら大恥をかくことになる。

 偽計業務妨害あたりで責任者を罰することはできるかもしれないが、それならそれで適正な捜査規模というものがあった。

 日本に帰港しない場合でも、他国の機関に捜査協力を要請することも考えられるが、あくまで外国に寄港すればの話である。

 各地の警察官は鳴り響く電話に苦虫を嚙み潰すことしかできなかった。

 また警察と同様に、人々はヨッターの窓口に通報を寄せる。

 しかし、受理して調査するという定型文を返信するだけで、ちっとも当該アカウントが凍結される気配はなかった。

 もともと、ヨッターは日本初のサービスのはずなのに、運営法人は海外に置いている。

 今までも問い合わせに対してもなかなか反応がないことが普通だった。

 ある意味自由な言論空間でもあり、発言は基本的に自己責任である。

 そのお陰で雑多な発言が活発に飛び交うのが魅力とも言えたが、こういう事態においてはマイナス方向に働いていた。

 こうなるとお調子者が大量に湧く。

 アンダードッグ・ゲームに関して考察したというサイト、解説動画が次々と作られることになった。

 本物だ、ヤラセだ、死んでいる、生きている、と喧しい。

 そして、多くの人々が無責任に次のメッセージが表示されるのを待ちわびた。

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