第13話 Cは殺人鬼ではない

 翌朝、プレイヤーのうち十人が朝を迎える。

 命を奪われた一人はもちろん二度と目覚めることはない。

 幸田は被害者が怯え命乞いする反応が見られなかったのは不満だったが、久しぶりに殺人衝動が満たされたことに充足を覚えている。

 それ以外の各プレイヤーは二日酔いのようなものを感じながら目覚めた。

 しばらくすると各人の部屋の扉がノックされ、扉を開けると廊下にトレーが置いてある。

 その上には昨日と同様に朝食が用意してあった。

 違いがあるとすれば、「お早う。気分はどうかね?」というメッセージカードが置いてあることである。

 プレイヤーCなどは不覚にも寝てしまったことを悔しがり、他の者は無事に一夜が明けたことを感謝した。

 とりあえず自分は被害に遭わなかったものの、殺人鬼による犯行が行われたのかどうか訝しみながら朝食を取る。

 食事を終えてトレーを外に出し、シンプルなワンピースに着替えをして今日のゲームに備えた。

 そのうちのレイヤーEの部屋の電話が鳴る。

 プルルルル、プルルルル、プルルルル……。

 プレイヤーEはびくっと身を震わせた。

 恐ろしいものを見るような目で受話器を眺める。

 呼び出し音が十回以上響くままにしても電話は鳴りやまなかった。

 プレイヤーEはおっかなびっくり受話器を上げ耳に当てる。

「お早う。プレイヤーCは殺人鬼ではない。グッドラック」

 平板な声でそれだけを告げると電話は切れた。

 プレイヤーEは途方に暮れる。

 どうやら自分が殺人鬼かどうかの判定を得られる権利を得てしまったらしい。

 優柔不断で押しの弱い自分がそんな貴重な権利を得てしまったなんて……。

 この情報を知ることができてもどうしたらいいか分からなかった。

 流されやすい性格のせいでプレイヤーEこと篠崎育美は窮地にある。

 割のいいアルバイトと思って始めたものが、実は特殊詐欺の掛け子であった。

 それに気づいたときは既に自分のかけた電話で被害者が出ている。

 そのことを知って真っ青になったが、お前も逮捕されるぞ、と脅されて抜けるに抜け出せなくなっていた。

 そのうちに、自分が電話した相手が数千万を振り込みしてしまい、それが原因で家庭が滅茶苦茶になったことを知る。

 もう我慢できなくなった篠崎は決死の覚悟で掛け子の集められている場所から逃れた。

 そのまま自首しようかとも思う。

 しかし、犯人グループが捕まっても恐らく金はどこかに移送済みで返金されることはないだろうと考えた。

 それでは被害者は浮かばれない。

 なんとか罪滅ぼしをするために大金を手に入れようと、半ば勢いで申し込んだのが、このアンダードッグ・ゲームだった。

 しかし、昨日以来、申し込むんじゃなかったという後悔の念が渦巻いている。

 プレイヤーGが文句を言わなければ、もう少しで自分が船を降りたいと言いだすところだった。

 自分より先に発言したプレイヤーGが死に、その後には木下さんという女性も死んでいる。

 進むも地獄、退くも地獄という状況に心がどうにかなりそうだった。

 誰かを頼りたいが、冷静に考えれば他のプレイヤーはライバルである。篠崎のことを助けてくれるはずもなかった。

 プレイヤーCほど率直に感情をむき出しにはしていないが、他のプレイヤーも篠崎がリタイアすればラッキーと思うぐらいはしそうである。

 篠崎は頭を振って、泣き言を言う自分をせせら笑う各人の妄想を脳裏から追い払った。

 別のことに意識を向けようと、果たして今夜はみんな無事だっただろうかと考える。

 そんなことを考えてしまう時点で、性格的に生死を賭けたゲームに参加するのに向いていない。

 しかし、もう引き返せる地点はとっくに過ぎ去っていた。

 篠崎は両手で頬を叩く。

 ランドリーサービスは受けられるが、さすがに下着を出すのは恥ずかしい。

 昨夜、洗面台で手洗いをして、バスルームに干したものを回収した。

 結果が気になるが、部屋を出ることができず、じりじりとしながら待つ。

 部屋に備え付けのテレビで見たくもない映画を見て時間を潰した。

 ようやく九時になると部屋が開錠されたことを知らせるチャイムが鳴る。

 篠崎は廊下に出ると指定されたダイニングルームへと向かった。

 エレベーターの扉が開くとプレイヤーKが乗っている。

「やあ。よく眠れたかい」

 白い歯を見せて笑った。

 無駄に見た目のいい男であるKに対して篠崎は本能的に危険なものを感じている。

 優しそうに見えるが、女性をモノとしてしか見ていない感じがした。

 繁華街でしつこく声をかけてきたホストクラブのキャッチと同じ匂いがする。

 篠崎はあいまいな笑顔を浮かべて会釈した。

 次の階で坂巻が乗り込んできたことに安堵する。

 エレベーターが到着し、廊下を歩いてロビーに入っていった。

 中にいる人影を数える。

 えーと、全員揃っている……?

 いえ、チャラい感じのプレイヤーAが居ない。

 数人が棺桶を取り囲み、遺体が消え中が綺麗になっているようなことを言っていた。篠崎はそこへ近寄る気も起きない。

 棺桶から少し離れた場所に佇んでいると天井のスピーカーから会長の声がする。

「お早う、諸君。早速だが、昨夜、プレイヤーAが殺害された。殺人鬼はまだ生きているということだ。裏返せば昨日の推理は外れということになる。まさかこのまま殺人鬼が全員を殺してしまい、第一ゲームで終わりなんてことはないだろうね。もっと、もっと盛り上げてくれなければ困るよ」

 聞きたくなかった事実を知らされて篠崎は目の前が暗くなるのを感じていた。

 各自のスマートフォンにヨッターのメッセージが着信する。

 そこには切り刻まれて絶命したプレイヤーAの姿が映し出されていた。

 篠崎はそれを見てふっと意識が遠のく。

 朽ち木倒しのように体が傾き、大きな植木鉢に頭をぶつけそうになった。

 さっと坂巻が手を出して篠崎の体を支える。

「す、すみません」

 あわあわとしながら篠崎は礼を言った。

 それを見ていたプレイヤーCがケッという声を出す。

「こんなゲームに参加しておいて人助けかよ。信じられないぜ。そのまま頭をぶつけて死んじまえば一人減ったのによ」


 ***

 

 会長は自らの部屋でタブレットに表示される写真を眺める。

 既に三つのウィンドウが黒く塗りつぶされていた。

「さて、誰が勝ち残るのか。そして、それが幸せなのか……」

 頬に皮肉な笑みが浮かぶ。

「せいぜい足掻いてみせてくれよ」

 貪欲に犠牲者の血を吸い続けるアンダードッグ・ゲームは始まったばかりだった。

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