第12話 殺人鬼のターン
豪華なダイニングルームに十一人のプレイヤーが集められている。
テーブルの端に座った会長が陽気に言った。
「さて、遠慮なく食べてくれたまえ。この航海はオールインクルーシブだからね」
「ジョークのつもりかもしれないが笑えないね。代金は私たちの命なんだから」
大鷲が応えると、プレイヤーCが不機嫌そうな声を出す。
「何でも英語で言えばいいってもんじゃねえぞ。なんだよ、そのオーなんちゃらってのはよう」
「ああ。食べ放題飲み放題ぐらいの意味だと思ってくれたまえ」
「なんだよ、そう言えばいいじゃねえか」
フォークを料理に突き刺して口に運ぶ。
「こいつはうめえ」
桃にプロシュートを巻いたものを食べてプレイヤーCはデカい声を張り上げた。
「それは良かった。他の皆さんもどうぞ」
あまり食欲が無さそうな他のプレイヤーにも会長は料理を勧める。
「無理に食べろとは言いませんが、力が出なくても後で文句を言わないでくださいよ。まだまだゲームは始まったばかり。長丁場なんだから体力は必要だ。それにこれが最後の晩餐になる方も出るかもしれない」
意味ありげに言う会長を見るプレイヤーたちの目は温かくない。
棺桶で死んだプレイヤーLは果たして殺人鬼だったのだろうか?
会長の様子から読み取ろうとするが、マスクをつけたまま朗らかに笑う会長の態度からはどちらとも受け取れた。
会長にしてみれば、プレイヤーLが殺人鬼であろうとなかろうとどちらでも構わないのだ。
気を取り直したように食事を始めるものもいるが、女性の中には顔面蒼白で手を付けられないものもいた。
スタッフが次の料理を運んでくる。
カップに乳白色のどろりとした液体が入っているものが供された。
「せめて、この蕪の冷製ポタージュだけでも召し上がってみては? シェフの自慢の一品ですぞ」
液体ならと、前菜に手を付けなかった人もカップに口をつけた。
確かに自慢の品というだけあって、まろやかで芳醇な味が口の中に広がる一方で、蕪独特の青臭さは全く感じられない。
会長は上機嫌でこの後のゲームの進行を説明する。
「さて、食事中にスマートフォンに触るのはマナー違反かもしれませんが、大目に見ていただいて皆さんに作業をしていただきたい。これからスマートフォンに送られるヨッターのメッセージに二回アルファベットで回答していただこう」
「何をさせようってんだ?」
「一回目に選んだアルファベットの人は今夜無条件で守られる権利が、そして、二回目に選んだ方が殺人鬼かどうか、明朝に返事が得られることになる。全員に作業して頂くが、実際にその効果が発動するのは一回目については二人、二回目は一人だけにだ。もちろん、もし殺人鬼の方が生き残っていて、質問に回答してもその選択は除外されるのでご安心を」
会長はさらに回答者が自分自身を選んでも無効になるということを付け足した。
「無条件で守られるというのはどういうことですか?」
「殺人鬼がその方の部屋を訪れてもどうやっても扉が開かないということだ」
「開かなければ、他の人の部屋に向かうだけでは?」
「殺人鬼に支給されるのは一回きりしか使えないカードキーなので無駄足になるだけだね」
プレイヤーは各自スマートフォンを取り出してメッセージに二回返信する。
かなりの時間迷っている者も出た。
一つ目の選択は、今夜の殺人鬼の襲撃を最大二十パーセントの確率で防ぐことになる。
権利を得た二人が指定した人物が同じだった場合は、確率は十パーセントに減るが、いずれにせよ、殺人鬼の凶行を防ぎうる貴重な機会だった。
また、二回目の選択はうまくすれば殺人鬼が誰か一発で分かる。
今夜には間に合わないが、明日殺人鬼を棺桶に沈めてゲーム終了だ。
皆が選択した後は、海老クリームのフェトチーネと鹿肉のローストが提供された。
食べた量はまちまちだったが、プレイヤーのいずれも料理の味には満足する。
もっとも、鹿肉に添えられたソースが血を思わせる色だったのは趣味が悪いとの誹りを免れないかもしれない。
数人はアルコール飲料も飲んでいた。
半ば自棄を起こしているのか、
食事が終わると各人が自室に戻るように要請された。
「午後十一時五十分には消灯する。それまでにはベッドに入っておくことをお勧めするよ。真っ暗な中で転んで怪我でもしたらつまらないからね」
各人はお互いに離れた場所に割り当てられた自室に引き上げる。
十億円を競うライバル同士ということもあり、親しい間柄となる時間を与えられたわけでもなかった。
それゆえに他人の部屋を訪ねていくほどの信頼関係もない。
部屋に入るとそれぞれがシャワーを浴びたりして寝支度をした。
殺人鬼が来ても返り討ちにしようと身構える者、早々に諦めて眠りにつく者など、十一人がそれぞれの思いで所定の時間を迎える。
十一時五十分になると予告通り部屋の明かりが消えた。
それと同時にどこからかシューという音が漏れてくる。
十人の部屋に流された麻痺性のガスは効果を発揮して、全員の体の自由を奪った。
唯一、殺人鬼だけが暗がりの中で身じろぎもせず十分過ぎるのを持っている。
日付が変わると殺人鬼の部屋の入口が開錠される音が響き、殺人鬼はゆっくりと手探りで進みだした。
廊下には事前に案内されていたとおりカードキーが落ちている。
それを拾い上げると目指す部屋に向かった。
食後にさんざん頭を悩ませて今夜のターゲットは決めている。
足音を殺して廊下を進み、エレベーターで階を移動して、目的の部屋の前に立った。
カードキーを読み取り部に当てる。
開錠する音が聞こえて、殺人鬼幸田はほくそ笑んだ。
どうやら第一の選択の守りは突破することができたらしい。
部屋に侵入するとベッドを目指した。
造りは似通っているし、スマートフォンの明かりがあるので迷う心配はない。
ベッドの上のプレイヤーはわずかに反応する。
体が麻痺して抵抗することはできないが、意識は残っているようだった。
幸田はスティレットを取り出す。
後始末の心配はしなくていい。
惜しむらくは、あまり時間をかけられないことと記念の指を持ち出せないことだった。
あまり夜更かしして疲れを顔に残してしまうと他の人との差が目立ってしまうし、切りとった指を保存するためのホルマリンがない。
幸田は被害者のパジャマの上から横にスティレットの刃を滑らせた。
すうっと血の線が滲む。
ぞくぞくとした快感を味わいながら、幸田は今度は刃を垂直にして被害者の腹に軽く刺した。
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