第11話 処刑執行

 他の女性はともかく、後に引けないプレイヤーFは態度を容易には軟化させない。

「口ではなんとでも言えるわね」

 プレイヤーFは言葉を吐き出し腕を組んだ。

 結局プレイヤーFと大鷲幸四郎がにらみ合うことになる。

 一瞬だけためらいを見せたが、大鷲はその疑問を口に出していた。

「そういうあなたこそ、男性を嫌悪しているようだが」

「余計なお世話よ」

 さらに険悪な空気が流れる。

 元々、この場にいる十二人はお互いがライバルだった。

 賞金を手に入れるためには他人を蹴落とさなければならない。

 信頼関係が生まれるはずもないが、それにしてもこの二人は波長が合わないことが明白になってきている。

「この調子だと晩飯抜きかもな」

 三十半ば過ぎぐらいで自信ありげなビジネスマンふうの男であるプレイヤーMが、誰に言うでもなくつぶやいた。

 スピーカーから会長の声が聞こえてくる。

「空腹では冷静な議論ができないだろう。少しクールダウンも必要なようだ。正式な夕食は別に準備しているが、軽食を用意させよう」

 プレイヤーMが天井のカメラを見上げて肩をすくめた。

「こんな独り言まで全部聞こえているのか」

「そういうことだ」

 しばらくするとスタッフがサンドイッチと飲み物を運んできて珈琲テーブルに置く。

 若い男性数人がサンドイッチを食べ、飲み物を飲んだ。

 女性数名も飲み物をコップに注ぐ。

 別に空腹を覚えたというわけでもなく、話をせずにすむために間を取りたかっただけかもしれない。

 それでも、このインターバルによって、先ほどの険悪な空気が多少は撹拌されて雰囲気が改善された。

 プレイヤーFと大鷲はお互いにそっぽを向いたままだったが、他のプレイヤーには再び話をしようという空気が生まれる。

 坂巻は食事はしなかったが珈琲を口にした。

 警察署のパーコレーターで煮詰まったものに比べて格段に香りと味がいい。

 熱く苦い飲み物は坂巻に活力を与えた。

「さてと、それでは仕切り直しとしようじゃないか。まずは条件を整理しよう。誰をという話は一旦脇に置いておいて、今日棺桶を使える権利は無駄にしない。その点から確認しようじゃないか」

 挙手を求めると、これには全員が賛成する。

 本来なら殺人鬼は反対したいのだろうが、ここで反対すれば殺人鬼と自白するようなものである。さすがに悪目立ちすると判断したらしい。

「よし。これで一歩進んだ。それでは話を単純化しよう。今のところ殺人鬼ではないかと疑わしい人物として、CさんとHさん、Lさんの三人の名が挙がっている。これ以外に候補者として指名したい相手はいるかな?」

 坂巻は一人一人の顔を見ながら確認していった。

 プレイヤーFと大鷲が挙げた二人だけでなく、プレイヤーCが名指しした大鷲プレイヤーHも含めてあるところが中立的な印象を与えることに成功する。

 一対一の対立軸だけだと収拾がつかないところに第三極を入れたところがミソだった。

 結果として、新たに他の候補者名は出てこない。

「それでは改めて確認する。現時点ではこの三人以外には居ないということでいいだろうか?」

 反論がないことを確認して先に話を進めた。

「先ほど今日の権利は無駄にしないということで全員が合意した。そして、候補者は三人に絞られている。だから、これからもう一度この三人に投票しよう。今回違うのは必ず誰かには投票することだ。棄権は認めない」

 坂巻は天井に向かって声をかけた。

「クルーズ船なんだから、カジノ用のチップがあるだろう。三種類十二枚ずつと箱二つ、クロス二枚とホワイトボードとペンを用意してくれないか?」

「……承知した」

 しばらくして頼んだものが届くと坂巻はホワイトボードに書きだした。


『赤:C 青:H 黄:L』

『左:殺人鬼 右:殺人鬼じゃない』


 書き終わると説明を再開する。

「一人三枚ずつのチップを持つ。それぞれが殺人鬼だと思う人の色のチップを一枚左の箱へ、残りの二枚を右に入れる。箱にはクロスがかかっているから誰に投票したかは分からない。全員が入れ終わったら左の箱の中身を数える。過半数の七枚以上の人が居れば確定。居なければ得票が多かった二人でもう一度決戦投票する。これなら心理的抵抗は少ないだろう?」

 ほとんどの人間は愁眉を開いて同意する。

 ぐずぐず言う者も出たが、他にどうすればいいかと言われて答えを言えず沈黙した。

 一回目の投票では決着がつかず、プレイヤーCとプレイヤーLすなわち木下綾乃を対象にして再投票となる。

 そして、二回目の投票が完了した。

 みんなの注目を集める中、クロスがのけられる。

 箱の中には五枚の赤チップと、七枚の黄チップが入っていた。

「おっしゃあ!」

 プレイヤーCは叫び声を上げる。

 それに反して木下綾乃は青ざめた顔で唇を震わせていた。

「違う。私じゃない。私は十億が欲しくて参加しただけ。殺人鬼じゃないわ。ねえ信じて。お願い」

 周囲の十一人に訴えかける。

 ある者は白々しいというような目で、別の者は気の毒そうな目で木下綾乃を見ていた。

 天井のスピーカーから声がする。

「どうやら結論が出たようだね。君たちはプレイヤーLを殺人鬼と判断した。それでは早速執行しよう」

 ピエロのマスクを被った屈強なスタッフが数人ロビーへとやってきた。

 木下綾乃は半狂乱になって抵抗するが、衆寡敵せず、スタッフの手によって棺桶の中にベルトで固定されてしまう。

 固定されてもなおも木下綾乃は叫び続けていた。

「違う。違う。私じゃない。助けて。そうよ。夫と子供を殺したのは私よ。だけど、それだけなの。十二人も殺していない。ああっ!」

 恐怖に目を見開く木下綾乃の姿を隠すように重厚な蓋がスタッフの手によって閉じられた。

 どんという低く大きな音が辺りを圧して響きわたり、木下綾乃の声が不意に途切れる。

 そして、棺桶の脇に空いている小さな穴から赤いものが滴り落ち、ビニールシートに小さな水たまりを作り始めた。

 スタッフが数人がかりで重い蓋を開ける。

 杭から血が滴り落ちながら木下綾乃の服を新たに汚した。

 かっと目を見開き、口や鼻からも血を吹き出した木下綾乃の顔はとても正視できたものではない。

 プレイヤーたちは次々と目を逸らし、棺桶から後ずさる。

 坂巻はその様子を横目に死に顔を目に焼き付けた。

 スタッフの一人が木下綾乃の首に指を当てる。

「死亡確認」

 しゃがれ声が淡々と分かり切った事実を告げた。

 

 

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