第10話 バイアス

 プレイヤーHは薄く笑うとその質問を無視する。

 このような境遇に落ちぶれたことに対する自嘲めいた感情はあった。

 確かに以前の自分がこのような未来を予測されたなら笑い飛ばしたに違いない。

 その自覚があるせいか、挑発的な言辞に対する怒りはなく、穏やかに言葉を返す。

「まあ、きみが過去に何をしたかというのはこの際どうでもいい。その行動の内容から、殺人鬼ができるほどの能力と性格ではなさそうと判断できるということが重要だ。別に含むところは無いぞ。単に冷酷な殺人鬼らしくないというだけだからな。さてと、これで二人除外できた。こうやって詰めていけば、かなり絞り込めると思うが」

 質問を無視され、プレイヤーHの言葉の中に含まれる軽い嘲弄を勝手に感じ取り、勝俣は目をぎらつかせながら言葉を叩きつけた。

「あんたはそうやって議論をリードしているつもりだろうが、実は自分から疑いを逸らすためじゃないのか。一見頭が良さそうな振る舞いをしているが、それこそ連続殺人犯にこそ似つかわしいだろ」

 プレイヤーHは片頬で笑う。

「似つかわしいという意味では、有名なシリアルキラーは凄いイケメンだったんだよ。テッド・バンディというんだがね。知っているかい? 顔の良さでいえば彼なんかぴったりだ。狙いを定めた女性の警戒心を解くのも簡単そうだよ」

 あごをしゃくってみせた先にはプレイヤーKが佇んでいた。

 アタッシェケースを開けて以来、プレイヤーCを棺桶にという動議に参加した以外はなるべく目立たないようにしていたのに、改めて皆の視線を浴びることになり迷惑そうな顔をする。

「顔が良いのは否定しませんけどね。僕は殺人なんて無駄なことはしない。それに常に女性の目線に晒されているんで無理ですよ」

 メッシュを入れた前髪をかきあげた。

「顔のことを言うなら、僕には及ばないけど、あの人もシブい感じのイケおじじゃないですか」

 プレイヤーKは坂巻を指さす。

 坂巻は相手にするのも馬鹿らしいとばかりにそれに対して何も反応しなかった。

 プレイヤーHは両手を挙げる。

 自分から話題を逸らすために言っただけで、イケメンが殺人鬼説を強く争うつもりは無いようだった。

「まあ。確かに顔が良いというだけじゃ根拠は薄弱だね。過去歴代のすべてのシリアルキラーがかっこよかったわけじゃない。それにこの場にはもっと疑わしい人物がいるしな」

 プレイヤーHはゆっくりとその場にいる十一人に視線を巡らせる。

 舞台効果を狙ってか、ひどくゆっくりとした動作だった。

 端から端まで移動させ、また戻ってくる。最後にふくよかな女性のところで視線を止めてじっと見据えた。

「あら? 私の顔に何かついています?」

 プレイヤーLは落ち着き払って問いただす。

 プレイヤーHは中指で眼鏡を押し上げた。

 どうも大事なことを切り出すときの癖らしいが、単に眼鏡の鼻当てがずれているのを直しておらず、ズレやすいだけかもしれない。

「折角仮名がついているのに無粋ですが、あえて呼ばせてもらいますよ。木下綾乃さん」

 名前を出されたプレイヤーLは、大きくため息をついた。

「さっきの彼といい、色んな人を御存じなのね」

「まあ、職業柄世間の動きには注目しているし記憶力には自信がある。木下綾乃さん、あなたは裁判ではうまく切り抜けましたけど、三件の殺人事件で起訴されてましたね」

「それは否定しませんわ。結果として無罪ということになっていますけど」

「ええ。ただ、殺人罪の疑いを抱かれたことがあるだけで十分でしょう? 裁判では証拠がでなかったが、あなたに関りがある人物が少なくとも三人死んで保険金を入手しているんだ。少なくともここにいる人間で他にそのような事実が露見している人はいないのですから」

「だから私が殺人鬼だとおっしゃるの?」

「人はね、なかなか簡単に人殺しはできないものなのですよ。だから、その可能性は十分に高いんじゃないでしょうか」

 今まで女性だけで固まっていた集団がほどけ、ギョッとしたように木下綾乃から数人が離れる。

 プレイヤーHは左右を見て問いかけた。

「改めて聞こう。プレイヤーCを殺すべきだと考えている人は手を挙げてくれ」

 棺桶に入れると言わずストレートに殺すと表現して問いかけられ、先ほど手を挙げた数人は翻意する。

「過半数には足りなくなったようだね」

「振り出しに戻してどうしようっていうの? これじゃいつまでたっても決まらないじゃない」

 最初にプレイヤーCを名指しした女性であるプレイヤーFが不満げな声を出した。

 プレイヤーCの恨みを買った以上は、なんとしてでも棺桶送りにしておきたいと考える。このままではいつ報復されるか分からない。

「雑な理由で指名するのがいけないのだよ。せめてもう少しは理論的に話をすべきだ。女は感情で判断しようとするから困る」

「主語が大きすぎるわよ。あなた、ひょっとして女性差別主義者なの?」

 うまくすれば女性たちを自分側に引き戻せるかもしれないと思いつつ、プレイヤーFが質問をぶつけた。

「そんなつもりはない。ただ、実際に同性というだけで群れ、理由もなく組織票を握って議論を左右しようとしたのが気に入らなかっただけだ」

 口では否定していたが、プレイヤーHこと大鷲の顔には僅かながら小ばかにするような色が浮かんでいた。

 もう首を突っ込まないと一度は誓っていたものの、ジェンダー論争にどっぷり嵌ってしまっていたためについつい女性に対する辛らつな態度がでてきてしまう。

 個人的にも女性に対してあまりいい記憶は無かった。

 勉強ばかりしていた学生時代にまったくモテなかった記憶は大鷲の胸の中でくすぶっている。

 働き始めてからも、弁護士であることを明かす前と明かした後で、女性の態度が百八十度変わる経験をしていた。

 さらに遡れば小学校時代にクラスの女子集団にいじめに近いものを受けていたこともある。

 なので、女性のグループに対しては恐怖に近い感情を持っていた。

 若く魅力的な女性個人に対しても惹かれると共に反発も抱くというアンビバレントなものを抱いている。

 大鷲はゲームの途中だということを思いだし大きく息を吐いた。

 自分の感情のコントロールを試みる。

「先ほどは少し言い過ぎた。それは謝る」

 大鷲は表情を作ると頭を下げて表面上は謝罪の言葉を口にした。

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