第7話 ゲーム開始
ゆっくりとプレイヤーGが糸の切れたマリオネットのようにくずおれる。
口の端からも赤いものを赤いものが見えていた。
プレイヤーはあっけに取られ動けないでいる。
さすがにプレイヤーJこと坂巻も、スタッフがこのようなダーティウェポンを所持しているというのは想定外だった。
静まり返ったプレイヤーを前に、会長は力強くパンと両手を打つ。
その音に数人のプレイヤーがびくっと体を震わせた。
人垣が割れて担架を持ったスタッフが歩み出てくる。
プレイヤーGだった遺体の手足を持って担架に乗せロビーから運び出した。
会長は深いため息をついて腕組みをする。
「あのプレイヤー、……Gだったか。彼女はこれだけの船を調達していることに留意すべきだったね。当然莫大な費用がかかっている。これは単なる遊びじゃない。命がけのゲームだよ。食うか食われるかの真剣勝負なんだ。そのことは諸君らも骨身に染みただろう。そうそう、君たちがあの棺桶を使用できるのは午後九時までだ。あと七時間ある。真剣に議論してくれたまえ。では、十億円を巡るアンダードッグ・ゲームの開始をする!」
バッと両手を会長は上げた。
静寂が広がると、スタッフを引き連れてロビーから歩み去る。
プレイヤーたちは身じろぎ一つもできず見送るしかなかった。
さすがに目の前で人ひとりがあっさりと死ぬ事態に、悪い白昼夢を見ているかのような顔をしている。
夢だと思いたいが鉄のような臭いがまだ各人の鼻の中に残っていた。
坂巻が最初に我に返る。
「ふむ。簡単に十億は手に入らないということか」
「面白れえ。やってやろうじゃねえか。つーかよう。ここにいる全員ぶっ殺せば俺の勝ちってわけだ」
プレイヤーCの目に剣呑な光が宿った。
スピーカーから音声が流れ出す。
「勝手に殺し合いはしないでくれ給えよ。今はそういう種目ではないのでね」
「ちっ。面倒くせえ」
プレイヤーCは周囲を睨みつけた。
「それじゃあ、さっさと棺桶に放り込む奴を決めようぜ。俺はアイツが怪しいと思う。さっき、誰も選ばないなんて言ってやがったからな。怪しいぜ」
細身で眼鏡をかけた怜悧そうなプレイヤーHが鼻を鳴らす。
「念のためにルールを確認しただけだろう。本当に私が殺人鬼なら、そんな目立つ真似はしない」
「はっ。どうだかな。俺は鼻が利くんだ。お前はくせえ」
プレイヤーCが鼻をうごめかした。
プレイヤーHが組んでいた腕をほどき、片手を額に当てる。
「人を見かけで判断するのは良くないが、君に関しては外見そのままのようだね。あまり考えるのは得意ではないというわけだ。しかし、少しは慎重になりたまえ、もし、私が殺人鬼でなかったときは、今夜君が殺されるかもしれないのだぞ」
「はっ。そう簡単に殺されてたまるかよ。そんなもの返り討ちにしてやるぜ」
「そんなことを、あの主催者が許すわけはないだろう。どうするつもりなのかは分からないが殺人鬼が確実に人を手にかけられるようにしてあるはずだ。まあ、いい。少なくとも君は殺人鬼では無さそうだ」
「は? どういうことだ?」
「日本の警察はそれなりに優秀だよ。それにもかかわらず十三人も殺して発覚していないということはよほど頭が良くなければ無理だ。少なくとも君にそれだけの知能はなさそうだから……」
プレイヤーCはいきなり殴りかかり、ガッという音がしてプレイヤーHが床に倒れた。
「てめえ、喧嘩なら買うぜ。この野郎」
なおもいきり立って追撃に出ようとするプレイヤーCの腕を坂巻が掴んで捩じりあげる。
「何しやがる。チキショウ。話しやがれ」
「少しは落ち着くんだ。冷静になれ。彼は君は殺人鬼ではないと言ってくれているんだ。感謝しろとまでは言わないが、なにも殴ることはないだろう?」
「だからどうした。俺は馬鹿にされたら黙ってられねえんだよ」
「そうか……。だが、これ以上ゲームの進行を邪魔するようなら腕を折る」
坂巻の冷え冷えとした低い声に含まれるものを感じ取ってプレイヤーCは身をよじっていたのをやめた。
暴力の世界で生きてきただけあって、相手の実力はある程度分かる。自分のかなう相手ではないらしい。
プレイヤーCが動かなくなるのを見届けると、坂巻は手を離して距離を取った。
肘をさすりながらプレイヤーCが憎々し気に言い放つ。
「おめえ、サツだな」
坂巻は返事をしない。
「その態度と身のこなし、サツの臭いがプンプンするぜ。だが、なんでこんなところにマッポが居やがるんだ?」
プレイヤーCが訳知り顔になった。
「分かったぜ。おめえ、何か後ろ暗いことしてやがるな。こんなゲームに参加してるんだ。かっこつけてやがるが所詮は俺と同類ってわけだ。なんだ? 女か、金か? 何で転んだ?」
坂巻はプレイヤーCを無視すると床に倒れたままプレイヤーHのところに行き助け起こす。
「すいません」
プレイヤーHは頬を腫らした頭を下げた。
頭を上げるとプレイヤーCに厭わし気な視線を向ける。
それでもなんとか、殺人鬼を特定するための議論を再開しようと再び口火を切った。
「殴ったことは忘れてやる。今はとりあえず主催者の意向に沿ってゲームを進めよう。我々にできることは、あの棺桶に入れる人間を一人選ぶか選ばないかだけ。ここにいる人間は十二名。ランダムに選んで殺人鬼を選ぶ可能性は八パーセントだ。当たりを引けなければ翌朝もう一人死ぬ。この調子で進めば、五日後には殺人鬼の勝利が確定する」
「ああ? どういうことだ?」
「会長は実力で他のプレイヤーを排除するのは禁止と言った。五日目には二人きりになる。どっちかは殺人鬼なのだから、棺桶に入れるのに同意するわけがない。つまり棺桶を使うことができずに、その夜に殺人鬼が最後の一人を殺して終わりさ」
「ああっ、くそ。まだるっこしいぜ。殺し合いをすればさっさと決着がつくってのによ」
プレイヤーCががなるが誰の賛同も得られない。
白けた雰囲気が漂ったところで、恰幅の良いプレイヤーMが棺桶に向かって歩き出す。
台の上のビニールシートを踏みながら棺桶を改めた。
その動きに釣られるように他のプレイヤーも棺桶の周囲に集まる。
プレイヤーMが開きっぱなしの蓋を持ち上げようとして顔をしかめた。
「これは重いな……」
蓋を持ち上げるのを諦めて蓋に取りつけられている杭に触れる。
金属製と思われる杭は蓋にしっかりと固定されており、とても頑丈そうだった。
ふたを閉めれば間違いなく肋骨を粉砕して体を貫通すると思われる。
「こりゃ死ぬな」
先ほどの会長の説明で分かっていたことだったが、短い言葉は改めて、この棺桶の凶悪さを認識させた。
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