第6話 最初の惨劇
会長はプレイヤーを見回して両手をこすり合わせる。
「さて、賞金についてはこれで納得がいったね。それでは説明の続きをさせてもらうよ。君たちにはこれから様々なゲームをしてもらう。最後まで生き残った者一名が勝者だ」
ちょっと言葉を切った。
「そして……敗者は死ぬ」
さも当然というように会長は淡々と告げる。
「ちょっと待って。死ぬなんて聞いていないわよ」
神経質そうな顔のプレイヤーGが抗議の声をあげた。
会長は両手を広げる。
「そりゃそうさ。今初めて言ったからね」
「騙したのね?」
「そんなことはない。私は賞金十億円のゲームへ参加するかどうかを聞いただけだ。ここで賞金を用意していなかったら騙したことになるかもしれないがね。先ほど見せたように金はちゃんとある。まあ、いずれにせよ。君たちに選択権はないのだよ。ここは公海上だ。警察もいない。そういう場合に警察権を執行できる船長は私に雇われている。そして、助けを呼ぼうにも携帯電話キャリアの電波も届かない」
何人かが自分のスマートフォンを取り出して確認する。
船内用のWi-Fiをオフにするとモバイル通信の圏外になっていることを確認した。
会長はプレイヤーがスマートフォンを仕舞い、状況を理解するのを待つ。
「馬鹿らしい。やってやれるか! こういう場面でありがちな声が上がらないとは実に嬉しいね。さすが私の見こんだ挑戦者たちだ。まあ、私は君たちの窮状についてはいささか知っていてね。社会的にはほとんど死んでいるのと変わらず、なんとしても大金を手に入れたいのだろう? だからこそ参加を申し込んだわけだ。では、最初のゲームの説明をしようじゃないか。まずはこちらを見てくれたまえ」
会長が手を振ると背後のカーテンを示す。
さっとカーテンが開くと二十センチほどの高さの木製のステージ上に棺桶が鎮座していた。
棺桶は天然木を使った重厚な造りのもので、側面には金属製の持ち手がついている。
見るからに高級そうな棺桶は下に何か台座を置いてあるのか少し宙に浮いていた。そして、ステージ上に敷かれている安っぽい青いビニールシートがまったくマッチしていない。
「昔は今ほど診断技術が発達していなくてね。まだ仮死状態の人を誤って死亡と判断して埋葬してしまい、地面の下で長時間苦しめるという事態が発生したんだ。そして偶然生きていることを気付いてもらえ、棺桶から出された人を見て、自分もそのような事態になることを恐れた。まあ、生きたまま埋葬されるというのはゾッとするね。それでだ、そのことを知ったある人物が発明した棺桶がこいつさ」
スタッフの一人が台に上がり、重そうな棺桶の蓋を開いてみせる。
蓋の一部には棺桶の深さ相当の太い杭がそそり立っていた。
「ご覧のように蓋を閉めるとあの杭が心臓を突き破って速やかにかつ確実に死をもたらす。墓場で地の底から呻き声が聞こえてくる心配は全くしなくていいわけだ。これぞ世紀の発明、発想の転換という奴さ。実に頭がいいとは思わないかね?」
「イカれてるの間違いじゃねえのか」
プレイヤーの中から声があがるが、会長は気にもとめない。
「ということでというわけでもないのだが、君たちの中に実は殺人鬼が紛れ込んでいる。殺人鬼は今夜十二時になると解き放たれて、君たちのうちの一人の部屋を襲う。当然その人はゲームオーバーだ。それを防ぐために、君たちは殺人鬼であると疑わしい誰か一人をこの棺桶に入れることができる。さあ、議論をして、その一人を決めてくれたまえ」
「ちっ。これだけ大掛かりなことをしてやることは実質的に人狼ゲームかよ。芸が無さすぎるんじゃねえか」
「なんか、そういう小説や映画もあったわよね」
ゲームの内容がつまらないという抗議の声に会長はよろめくように一歩下がった。
「これはなかなかに手厳しい。まあ、この際、君たちが楽しいかどうかは二の次でね。視聴者の皆さんに楽しんで頂ければいいのだよ。そうそう、ちなみに殺人鬼は本物だ。すでに十三人殺しているシリアルキラーを今日のために特別に招待してあるのだよ。十四人目の犠牲者を出すべく虎視眈々と狙っているというわけだ」
プレイヤーたちはお互いの顔を見合わせる。
ゲームの参加者とばかり思っていたけど、そんなヤバいのが混じっているの?
どいつが殺人鬼だ?
殺人鬼幸田以外の者にとっては周囲の誰もが殺人鬼のように思えてきた。
プレイヤーHが中指で眼鏡を押し上げてから質問する。
「十三という数字がお好きなようですな。それはさておき、誰もその棺桶に入れないという選択はできるのですか? その棺桶が言う通りの性能だとすると殺人をすることになる。公海であっても日本人に対する殺人は国内に戻れば訴追されるんだ」
「ほう。法律にお詳しいようですな。遵法精神は見上げたものですが、その場合、吸血鬼が喜ぶだけです。リスクなしに一人殺れるのですからな」
プレイヤーCがプレイヤーHに向かって喚いた。
「分かったぞ。てめーが殺人鬼だな。よし、こいつを棺桶に入れようぜ。俺は十億手に入れるためなら何でもする」
「私は嫌っ! 殺すのも殺されるのもまっぴらよ。私こんな内容だって聞いてない。船から降ろしてよ」
プレイヤーGが青ざめた顔で叫ぶ。
会長は揶揄するような声を出した。
「おやおや。ここで棄権するというのですか。困りましたねえ」
「勝手に困るがいいわ。私はもう付き合いきれない。参加しないならここで殺すとでも言うの? へええ、やれるものならやってみなさいよ」
会長は肩をすくめただけだったが、スタッフの一人が歩み出る。
内ポケットから取り出し鞘からナイフを抜いた。
照明を受けて刃がキラリと光を反射する。
「それで脅すつもり? はん。お笑いだわ」
プレイヤーGが顔を強張らせながらも強がりを言った。
スタッフは無言で右手に握ったナイフの刃先をプレイヤーGに向ける。
刃渡りが六センチ以上ある銃刀法違反の代物だった。
しかも、ただのナイフではない。
ナイフを持ったスタッフは、会長の方をチラリと見て無反応であることを確認した。
やれ。
無言の命令が下り、視線を戻すと左手でナイフの柄の底部を押す。
シュッ。
バネ仕掛けで飛び出した刃先がプレイヤーGの左胸に刺さり、赤いものがそのシャツを彩った。
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