第5話 顔合わせ

 乗船した翌日にロビーに集められたゲームの挑戦者たちは、ようやくライバルの姿を目にして、お互いに顔を見合わせる。

 それなりに美味い食事が三食提供されていたものの、部屋に備え付けのモニターで放送プログラムを見るぐらいしか暇つぶしの材料がなかったため、参加者には早くゲームを始めたいという気分がみなぎっていた。

 密かにお互いを値踏みする。

 こいつは頭が弱そう。知的なゲームなら敵じゃないわね。

 見た目は悪くないが体力無さそうな女だな。どっちかというと別の場所で二人きりで会いたいタイプだぜ。

 最終的には競争相手になるのだろうけど、途中まではチームを組むこともあるかもしれない。暫定的なパートナーとして良さそうなのは……。

 様々な思惑が飛び交った。

 挑戦者たちは朝食時の指示に従い、それぞれアルファベット一文字が書かれた腕章と名札を付けている。

 お互いの素性を知らない方がいいだろうとのことで、今後はプレイヤーAなどと呼ばれることになっていた。

 プレイヤーのうちの数人は顔を晒している時点で無駄な配慮じゃないかと考えている。

 なにか他にも何か理由があるのだろうな。

 その思いはスタッフの着用している仮面を目にして増々強くなっていた。

 一人ならともかく数十人の者が一様にピエロの顔というのは異様である。

 欧米人に見られるピエロ恐怖症なら神経をやられそうな光景だった。

 その中の一人がデジタルカメラを手に進み出る。参加者を整列させると写真を撮った。

 すぐに男性七名、女性六名の計十三名が収まる画像は顔を隠す加工をされてSNSに放流される。

 写真を撮り終わるとピエロのお面をつけたスタッフの列が割れて大柄な男が進み出た。

 ダブルスーツを着こなし、胸ポケットからハンカチを覗かせた男はバリトンを響かせる。

「お待たせした。私がこのゲームの主催者であり、スポンサーでもある。用があるときは会長とでも呼んでくれたまえ。悪いが素顔を晒すのは遠慮させてもらうよ」

 メタルフレームの眼鏡をかけ神経質そうな顔をした男Hがぼそりと呟いた。

「金さえ用意してあれば文句はないさ」

 その近くに居た目つきの良くない男Cが喚く。

「そうだ。金だよ。金。十億円。ちゃんと用意してあるんだろうなあ? 俺は自分の目で確認しないと気が済まねえ」

 会長は右手の指をパチンと鳴らした。

「勝者の報酬をここへ」

 数人のスタッフが台車を取り囲み進み出る。台車の上に積まれた十個のアタッシュケースが銀色に輝いていた。

 会長がスーツケースを指し示す。

「この中に十億が用意されている」

 プレイヤーCが叫ぶ。

「おい、中が空じゃないという保証はないだろ! そんなもん証拠にならねえ」

「素晴らしい。なかなか慎重じゃないか」

 会長はわざとらしい拍手をする。

「てめえ、喧嘩売ってんのか?」

 そんな反応を気にもとめずにマスクの下から低い声を出した。

「いや、素直に感心しただけだ。中に金が入っているかという疑問はもっともだよ。だが、全部を確認していては、ゲーム開始が遅れてしまう。お客さんを待たせたくないのでね。このうち一つを誰かに確認してもらおうじゃないか」

「じゃあ、俺が」

 先ほどから叫んでいたプレイヤーCが手を挙げる。

「ちょっと待って。あなたが運営のサクラの可能性もあるわ」

 Fの腕章をつけた若い女性が反論する。

「なんだとふざけんじゃねえぞ、こら!」

「ほら、殊更騒ぐところが怪しいわ。最初に言いだしてイニシアチブをとる。いいアイデアね」

「ふざけんじゃねえぞ」

「ボキャブラリーが少ないわよ。そんなのでゲームを乗り切れるだけの頭脳はあるの? まあ、いいわ。聞きなさい。確認する人間を選ぶのにひと手間加えさせてもらうわ。ランダムに選んだら、会長さんも細工は無理でしょ?」

「どうすんだよ?」

「カードで選ぶの」

 プレイヤーFはさっとトランプを取り出す。

「ここには参加者が十三人いるわ。エースから順にA、Bと割り振ってキングはMとするの。誰か一人が選んだカードに対応するアルファベットの人がアタッシェケースを選ぶ。これなら仕込みはほぼ不可能だわ。どう皆さん?」

 周囲からばらばらと賛同のつぶやきが漏れた。

「ほら、見て。ごく普通の市販のトランプよ。ちゃんとジョーカーを除いた五十二枚あるわ。じゃあ、シャッフルするわよ」

 プレイヤーFがカードの表を扇状に広げてプレイヤーCに示すと、裏返して華麗な手さばきでシャッフルする。

 その様子を見ていたプレイヤーCが素直に感心した。

「なかなかの手際だな。六本木の闇カジノのディーラーができそうだ」

「ありがと。さあ、選んで。この際だからCさん、あなたでいいわ」

「よっしゃ、それじゃ、引くぜ」

 カードの束の中ほどから抜き出して示したものはクラブのジャック。

 プレイヤーCがアルファベットを順に指追って数え始めると、プレイヤーHが答えを言う。

「Kだ」

 プレイヤーCは無視して数え続け、プレイヤーHを睨んだ。

「そんなに早く分かるってのが怪しいぜ。やっぱりアンタ、あのピエロの仲間なんじゃねえの?」

「キングがMなんだから二つ戻すだけだ。数えるまでも無い」

「へっ。頭がいいアピールかよ。まあ、いいや。じゃあ、Kさん……」

 周囲を見回して三十前ぐらいの甘い顔立ちの男を見出す。

 あまり注目されたく無さそうな感じで、プレイヤーKは仕方ないというように前に進み出た。

 適当に上から三つ目のアタッシェケースを指さす。

 スタッフがそれを床の上に置くと留め金を外して蓋を開いた。

 中には五かける二で十個の福沢諭吉が並んでいる。

 ため息や口笛が漏れる中で、プレイヤーCがずかずかと近づいた。

「ちょいと改めさせてもらうぜ」

 ぱっと中ほどの束を底まで掴むとぱらぱらとめくる。

 皆の視線を浴びて言った。

「上だけ本物で間はタダの紙なんてケチな真似はしてないようだ。ちゃんと確認しねえとな。まあ、一応納得したぜ」

 ポンとアタッシェケースに札束を放り投げる。

 スタッフがそれを元に戻し、蓋を閉じると台車の上に積み上げた。

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