第8話 スタッフ

 ゲームへの参加者が集合しているロビーから数層上にあるフロアに担架が到着する。

 廊下を進んでスタッフが部屋をノックした。

 中から会長の声で応答がある。

 スタッフの控室で待ち構えていた会長の目の前に担架が降ろされた。

 その上には、プレイヤーGの遺体がさきほどと同じ状態で横たわっている。

 どこからどう見ても立派な刺殺体。

 胸に広がるシミは変色し始めていた。

 スタッフの一人が不思議な行動を取る。

 膝をつくと遺体の鼻先でアンプルを折った。

 しばらくすると、プレイヤーGが意識を取り戻し上半身を起こした。

 腕を組みその様子を見ていた会長が声をかける。

「具合はどうだね?」

「最悪です。血の臭いに具合が悪くなりそうです」

「それは結構。生きている証だよ」

 そのセリフに被せるようにしてポンというヨッターの受信音が響いた。

 会長はスマートフォンを取り出すとその画面を女性に示す。


『ゲーム参加者のGがルールに違反して死亡しました』


 その文字の下には胸にナイフが刺さった女性の写真が写っていた。

 もちろん、顔の部分には加工がされていて、誰かは判別できないようになっている。

 写真を一瞥するとプレイヤーG役を務めていた女性は力をこめてナイフを両手で握り抜き取った。

 防刃仕様の偽乳パットの内部から残っていた血漿が溢れだす。

 再び濃くなった血の香りに女性は顔をしかめた。

 会長が腰をかがめると女性の肩をポンと叩く。

「ご苦労だった。シャワーを浴びて着替えてくるといい。君のお陰でプレイヤーたちも事態の深刻さを理解してくれたようだ。一層真剣な議論になっているよ」

 大画面のモニターには喧々諤々と議論をしている様子が映し出されていた。

「後がない連中ばかりだから、放っておいてもリタイアを申し出る奴はいなかっただろう。だが、ここまでスムーズに進行しているのは君のお陰だ。サクラを仕込んでおいて良かったよ」

「それなりに大変でしたけど、お役に立てたなら何よりです。折角の機会を与えて頂いたわけですし。あとはアイツが狂態を晒して無様に死ぬところを間近で見られれば満足です」

 女性はモニターに映る一人に鋭い視線を向ける。

 これだけの大掛かりなゲームをするに当たって人手はいくらあっても足りない。

 しかも、実際に人死にが発生するのだ。

 平和な日本では実際に人が殺される現場に立ち会う機会などほとんどない。

 血を流し苦悶の声を上げるのを聞けば、平静ではいられないのが普通だった。

 スタッフに動揺が発生したらゲーム運営に支障が出る。

 それを解決する秀逸なアイデアが、ゲーム参加者の過去の犯罪行為の被害者やその関係者をスタッフとして雇用するというものだった。

 少なくてもプレイヤーの一人に対しては殺しても飽き足らないほどの憎しみを抱いているため、運営に熱心に協力している。

 もちろん、十分な金銭も支払われているが、復讐に参加する機会を与えられたことの方への感謝の念が強い。

 女性が恨みのこもった視線でモニターを見据える姿に会長は肩をすくめた。

「かなりの高確率で望みは果たされると思うよ。君が恨んでいるプレイヤーは、そうだな生き延びることは難しそうだよ。誰が生き残るか賭けているお客さんにも人気が無いようだね」

「そうですか……」

 女性は床に手をついて立ち上がる。

「それではお言葉に甘えてシャワーを浴びてきます」

 その後姿を見送った会長に里見が近づいて報告した。

「ヨッターの投稿はかなりの反響を呼んでいるようです。アカウントの凍結を求める声や通報しようという動きも出ています」

「好きにさせておけ。どうせ警察も海外に拠点を置くサービスに対しては大したことができん」

「それから、お客さまからの掛け金が急増しています。サクラに死んでもらうという会長のアイデアは秀逸でしたね」

「世辞はいい。そうだ。Gへの賭け金は無効として全額払い戻しするのを忘れるなよ。そんなつまらんクレームの相手はしてられんからな。それじゃあ、我々も誰を棺桶に押し込むのかの議論を拝聴しようじゃないか」

 会長はマスクの下で禍々しく口角を釣り上げた。


 数代の監視カメラが撮影しているロビーでは白熱した議論が続いている。

「私は殺人鬼じゃないわ。見てよ。この細腕じゃ無理よ」

 プレイヤーIが主張した。

「それじゃあ、私も同じね」

 プレイヤーLが同調する。

 プレイヤーCがせせら笑った。

「そっちの姉ちゃんはまあ無理そうだが、あんたは結構腕が太いじゃねえか。もう女って感じじゃねえしよ。あのメガネぐらいならぶっ飛ばせそうだぜ」

 容姿を蔑む発言にプレイヤーLは眉を寄せる。

 そんな態度を気にもとめずにプレイヤーCは他の女性に声をかけた。

「殺人鬼が怖いなら、今晩は俺の部屋で一緒に過ごすってのはどうだい? 守ってやるし、いい思いをさせてやるぜ」

 舐め回すような視線を向けられて、女性たちは身を守るように腕を体に回す。

 プレイヤーFがふっと笑いを漏らした。

「ねえ、提案があるんだけど。どうせ、この状態では殺人鬼なんて分からないわ。だったら、今後のことを考えて、この不愉快な男を棺桶にぶち込んで始末しておくっていうのはどう? 良心の呵責を覚えなくてすむわよ」

「ふざけんなよ」

 いきりたつプレイヤーCが一歩前に出ようとすると、プレイヤーFは坂巻の後ろに身を隠す。

 プレイヤーKも端正な顔をプレイヤーFに向けて賛意を示した。

「そういうことなら僕も賛成だな。彼は連続殺人鬼ではないだろうけど、ヘイトを集めればどうなるかという考えも湧かないほど低能な一方で暴力的でもある。この先のことを考えると早めに退場いただいた方がいいだろうね」

 プレイヤーKは顔はいいが暴力沙汰は願い下げというタイプである。

 女性の指示を取り込んで優位に立とうという思惑もあった。

 プレイヤーCは地団太を踏んで怒り狂う。

「なんだよ。お前らふざけんなよ」

 しかし、女性陣から冷たい視線が帰ってくるのを見て焦りを覚えた。

 くそ。女ってのはすぐに女ってだけで団結しやがる。あの集団を敵に回したのはまずかったな。

 精一杯の愛想笑いを浮かべる。

「なんだよ。場をなごませようと冗談を言っただけじゃねえか。冗談だよ、冗談。ほら、殺人鬼をやれる貴重な機会を無駄にしない方がいいぜ」

 けれども、一度できた流れを覆すにはプレイヤーCの見かけと態度は不利過ぎるのだった。

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