第2話 参加者

 幸田は快楽殺人者である。

 今までも法の目を潜り抜けて十三人を殺害していた。

 手口はシンプルである。

 ある日急にパッと消えても誰も気にしない人間を狙った。

 SNSヨッターで死にたいというような書き込みをしている人を探しては、ダイレクトメッセージを送り、言葉巧みに誘い出す。

 監視カメラのない郊外で待ち合わせ、睡眠薬入りの飲み物を飲ませて車に乗せた。

 被害者を自宅に連れ込んでしまえばこっちのものだ。

 一緒に死にましょうと言っていた幸田が態度を豹変したときには、もう手遅れだった。

 被害者は心臓が最後の一鼓動をするまでの間、じわりじわりと嬲るような責め苦を負わされる。

 後始末が大変なのであまり出血するような傷をつけるわけではない。

 しかし、心身ともに甚大なダメージを与えられて、被害者はいずれも苦悶に身をよじった。

 猿ぐつわをされているので声は出せない。

 涙、鼻水、涎。

 色んなものでぐちゃぐちゃになった顔を歪ませた。

 死にたいと言っていたのが嘘のように助けてと声にならない声で懇願するが、もちろん幸田は容赦しない。

 被害者の目から光が消えると同時に幸田は絶頂を迎えた。

 他では得られない快楽に身を浸らせながら、遺体に跨って幸田は自らを慰める。

 一日たつと遺体の処理に取りかかった。

 最初の一人は試行錯誤したが、五人を超える頃からはもう手慣れたものになる。

 刃物と薬品を駆使して被害者を解体した。

 右手の小指の先だけを記念品としてホルマリン溶液に漬けて保存する。

 保存瓶にはナンバーだけが張ってあった。

 それ以外の部分はバラバラにして下水に流す。

 十四人目の被害者を物色しているときに突如そのメッセージが幸田のスマートフォンに着信した。

『私は全部知っているよ』

 そこから始まるメッセージは幸田しか知らない秘密をいくつか記載してある。

 そして、書いてあること以外にも幸田の所業を把握していて、指示に従わなければ警察に通報すると脅していた。

 一体誰からと確認すると世間を騒がせている一億円をバラまいたアカウント名が表示されている。

 幸田が判断しかねて静観していると、住所と氏名だけが次のメッセージで送られてきた。

 その翌日にまたメッセージが着信する。

 ネットニュースへのリンクが送られてきた。

 匿名の通報により連続殺人事件の容疑者が逮捕されたというもの。

 その容疑者の住所の県名と氏名は前日のメッセージに書かれている通りだった。

 幸田は震えあがる。

 どうやら相手は本当に知っているらしい。

 なぜ、どうやって?

 疑問が膨れ上がった。

 さらに、そのタイミングで制服警官が自宅を訪ねてくる。

 定期的に行っている巡回業務だと言っていたが幸田は疑心悪鬼になった。

 指示に従うという返信をしないことに痺れを切らした相手が、何かを警察に漏らしたのかもしれない。

 そう考えて怯える幸田の思いを知っているかのように、十億円を競うゲームへの参加を要請してきた。

 幸田に選択の余地はない。

 ボストンバッグに荷物を詰めると横浜へ出かけ、指定された船に乗船した。


 ***


 勝俣は薄暗い部屋でスマートフォンを握りしめている。

 窓を閉め切り、カーテンを引いた部屋はすえたようなにおいが漂っていた。

 部屋の状況よりも酷い風体の若い男の目は血走っている。

 無精ひげが伸びた青白い顔を見ることができれば、幾人かは見たことがあるような気がするだろう。

 勝俣は数か月前からインターネット空間での有名人だった。

 回転ずしの皿を取り、ネタをベロベロ舐め回してレーンに戻すショートムービーをアップして、世間の非難を浴びている。

 少し酒の入った状態で、大学の同級生にそそのかされて深く考えずにやったのだが、あっという間に拡散されて世間の非難が集中した。

 そして、通っている大学や自宅アパートを特定されてしまった。

 大学には抗議の電話が殺到し、学生課から呼び出されて謹慎を言い渡される。

 親から絶縁を言い渡され仕送りも止まった。

 それ以来家に閉じこもっている。

 さらに、追い打ちをかけるように回転ずしチェーンからの厳しいお手紙も届いていた。

 一生かかっても払いきれないような損害額を賠償しろとの請求を前に眠れぬ日が続いていた。

 人生終了のお知らせ。

 インターネット上では自分のことを面白おかしく揶揄しているのを知っている。

 勝俣もぼんやりとした頭で、自嘲気味にそれが事実だと認めていた。

 そこに舞い込んだのが、アンダードッグゲームの開催のお知らせである。

 百万円のバラマキのときには外れてしまったが、その金額では賠償額に対して焼け石に水であった。

 起死回生の望みをかけて十億円を賭けたゲームへの参加を申し込んでいる。

 三流大学中退の経歴しか持たない勝俣が数億円もの賠償をする算段は他になかった。

 祈るような気持ちで見つめているスマートフォンに新着メッセージが表示される。

「うおおおおっ!」

 勝俣は叫んだ。

 信じられない。

 興奮のあまり小刻みに震える画面の中でゲームへの参加が認められたというメッセージが表示されていた。

 隣の部屋からうるさいとばかりに壁がドンと叩かれる。

 そんなことは気にならなかった。

 慌てて参加を確定させる返信をする。

 十億円があれば賠償金を払ってもお釣りがくる。どんな手を使ってでもゲームに勝って十億円を手に入れるんだ。

 勝俣は数か月ぶりにカーテンを開けると、固い決意で身支度を始めた。


 ***


 四宮は名残惜しそうにブースを振り返る。

 そこでは推しが次のお客さんと握手をしていた。

 ライブが終わった後の男性アイドルとの握手会。

 四宮の推しはキラキラとした笑顔を次の順番のファンに振りまいていた。

 CDを一枚買うと付いてくる握手券一枚で五秒間の天国が得られる。

 生活費を削り、夜のお仕事のアルバイトをしても四宮に得られる時間はあまりにも短かった。

 来週からはモヤシだけの生活になる。

 そこまで金をつぎ込んでも、推しと一緒に居られる時間はわずかだった。

 アクリルスタンドやタオルなどのグッズだってもっと買いたい。

 しかし、若い女性の魅力を切り売りしても得られる金額はたかが知れている。

 派遣社員として働いている職場の金を横領し、発覚しそうになって新卒二年目の子に濡れ衣を被せてもいた。

 涙目で無実を訴える後輩を表では慰めつつ、裏では捏造した証拠を人事部が手に入れられるように細工する。

「違うんです。私はやっていません!」

 甘い言葉をかけながら、腹の底ではせせら笑っていた。

 四宮は容姿だけは良かったので、それを最大限に生かして、上司や先輩には媚を売りまくって自分へ疑いが向くのを回避する。

 嫌疑不十分ながらも潔白を証明できなかった後輩はいたたまれなくなって会社を辞めていた。

 そうまでして手に入れた三百万円ほどの金もとっくに底が尽きている。

 だから、十億円を賭けたゲームへ申し込んだ。

 それだけあれば好きなだけ推せる。

 きっとカレは私だけを見てくれるようになるわ。

 派遣先のデスクでそわそわと仕事中にこっそりスマートフォンを何度も確認する。

 あ。ヨッターの通知。やった。当選だ。

 再来週のライブに参加できないのは痛いが、未来への投資だと思って泣く泣く諦めよう。

 確定の返信を手早く送ると終業時間を待って、四宮はオフィスを飛び出した。


 ***


「くそ、くそ、くそっ」

 大鷲幸四郎は手にした紙を引き裂きたい衝動に駆られたが、かろうじて自制する。

 そんなことをしても事態は好転しない。

 個人情報開示決定通知書。

 大鷲が契約している通信キャリアからの通知を忌々し気に睨みつけた。

 頭の中の冷静な一部は自業自得だということを認めている。

 ヨッター上でのやり取りについ白熱してしまい、複数の相手に罵詈雑言を浴びせてしまったのは自分だ。

 今思えばなぜあそこまで頭に血が上ったのか分からない。

 最初は楽しく日々のたわいもない日々の出来事を発信していただけだった。

 それがいつの間にか少しでも多く反応してもらいたい、賞賛してもらいたいという気持ちからのめり込んでしまっている。

 ジェンダー、政治思想、子育て、表現規制。

 もともとは定見を持っていない話題にも手を突っ込んでしまった。

 対立が激しい内容についての投稿は極端なことを書いた方が受けがいい。

 反対意見の者も多いが、それ以上に味方がたくさん応援してくれた。

 いい気持になって、相手を煽り、罵倒し、侮辱する。

 いいぞ。

 もっとやれ。

 歯止めが利かなくなって、越えてはいけない一線はとっくにはるか彼方にあった。

 後で冷静になってまずいと判断した際どい内容の投稿は削除したが、魚拓を取られてしまっている。

 裁判を起こされたらほぼ負けるということを大鷲はよく理解していた。

 なにしろ、弁護士である。

 大学の先輩の事務所に間借りさせてもらっている、いわゆるイソ弁であったが、自分でも何件か名誉棄損を扱ったことがあった。

 先輩は厳しい人だ。そして弁護士会に影響力もある。

 馬鹿な真似をした自分を絶対に許さないだろう。

 努力の末に手にした弁護士の資格が紙切れになろうとしていた。

 もう人生をリセットするしかない。

 半ば自暴自棄で大鷲はアンダードッグゲームに参加を申し込んだ。

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