第一章 二

「そ、んな……、こんな事……」

 子供と見間違えるほど背が低く幼い顔の若者は、崩れかけの壁に寄り添いながら怯え、その隙間から地獄を覗いていた。首に掛けているペンダントの赤い石が大きく揺れていた。

「ぎゃああああっ!」「ひぃぃぃぃっ⁉」「アツイイタイアツイイタイッ!」「誰か助けてぇ!」「嫌だぁ! 死にたくない!」「誰か、殺してくれ……」「ママ~、パパ~、どこにいるのぉ〜」

 「保護区」では黒煙と炎の柱が幾つも上がり、黒焦げの死体が乱雑に倒れていた。中には子供や女性の死体があり、今でも燃え続けている。住民達は訳も解らず叫び続け、あたり構わず逃げていた。

 その中でボロボロの男は、戸惑いの表情で、脚がふらついていた。

「な、何なんだ、どうすりゃ……」

「死ね」

「え、ガハッ⁉ ァ……」

 男の胸から槍の穂が現れ、貫かれた。男は一瞬で虚ろな表情になった。

「ああそうだそうだ、ここの奴らは最初から馬鹿だったな。ネバード様に立てつかなければ、長生きできたのに」

 男を貫いた槍を引き抜くと、殺害した張本人は周りとともに嗤った。全て兵士である。

「コイツ、レジスタンスの一員なんですか? 全ッ然弱そうですが」

「どうでもいいだろ、区別するのも無駄だ」

「確かに!」

 兵士達は絶命した男を見て、一斉に嗤った。殺した兵士は槍で死体を薙ぎ払った。

「これより、レジスタンス狩りを開始する! 我が偉大なる雷光の英雄、ネバード・ヒスト様の名のもとに!」

 兵士達は勇ましく叫び、走り出した。死体やまだ生きたまま倒れていた人間を、ためらいも無く踏んだり蹴り飛ばして突き進んだ。

 逃げ惑う人々を見つけては首を刎ね、胴を貫き、下腹部を裂き……、武器を嬉々として振り回した。

「……ア、アアアアッ!」

 若者にはもはやその様子を隙間から除く様子が無く、ちぢこまり、叫びはかすれていた。

「そ、んな……、僕は……、⁉」

 その時、若者は何かが飛んでくるのに気がついて、猫のように飛び跳ねた。壁に刺さったのは矢だった。

「避けやがって、生意気な」

「ヒッ⁉」

 いつの間にか、兵士達が若者を取り囲んでいた。逃げようにも三方向は全て取り囲まれ、壁を背にするしかなかった。

「こいつ、どうする?」

「やっぱりここは首を真っ二つ!」

「いや、心臓を一刺し!」

「胴体少しずつ斬り刻んでどこまで生きていられるか賭けましょう!」

「いいねぇ、面白そうだ!」

 兵士達は怯える若者を見ながら談笑した。

「な、何故ですか……」

「はぁ?」

「な、何で大勢の人達を殺すんですか⁉ 関係ない人達を殺す必要なんて……!」

「馬鹿だなぁコイツは!」

 兵士達は一斉に嗤った。

「やっぱりこんな『保護区ゴミだめ』にいる馬鹿どもは人間じゃないな。いや、獣以下だな。こんなことも理解出来てないなんて、生きる価値なんて無い」

「え……?」

「そもそもお前らは死んで当然の存在だ。それをネバード様のありがたい御慈悲のお陰で生かされているというのに、誰かが逆らったせいでこうなったんだ。自業自得だ。……わかったか?」

「……そんな」

 若者の目は淀み、人形のように停止していた。

「やっぱりわかんないかぁ、ゴミに説明したって無駄だったな。理解力が無い」

 兵士達がまた嗤った時、兵士の一人が、大剣を構えて若者の前に立った。

「よし、頭かち割るぞ。いいか?」

「是非ともやりましょう!」

 兵士達は一斉に賛成の声を挙げた。

「じゃ、やるぞ。俺の討伐数に入れとけよ!」

 兵士は大剣を一気に上げた。若者には動く気力が無かった。

「……くのせいだ……」

 若者は細々と呟いたが、兵士は全く気にせず、頭に狙いを定めた。

「よっし、討伐数一つ追加ぁ!」


 ──バサッ。


「わっ⁉」

 若者と兵士の間に、何かが通り過ぎた。突然の事に兵士が慌てて後ずさり、大剣を落とした。

「くそっ、何なんだ今のは……?」

「お、おい何だあれ⁉」

 一人の兵士が示した所から、何かが大量に来た。兵士がそれに向かって矢を何本も放つが、小さいせいか当たらなかった。

「おいあれ……なんかペラペラとしてないか?」

 大量の紙だった。しかもインクで何かが書かれていて、本のページを破ったもののようだった。それらが兵士達のほうに向かって一斉突進してきた。

「ぶっ、何だこぶふっ、息がっ⁉」

「クッソ邪魔ぐぁっ⁉」

 兵士達の身体前半分に大量の紙がまとわりつき、視界を奪った。必死で振り払っても中々剥がせずアタフタした。

「……あれ?」

 紙は何故か若者には全く来なかった。

「……魔法?」

『う~ん、本の切れ端を操るってカッコいいけど……、専用の本を使ったとはいえ、やっぱり、う~ん……』

「誰っ⁉」

『……あっ、聞こえますか?』

 謎の声に若者は思わず立ち上がって周囲を見回したが、ボロボロの壁と大量の紙に悪戦苦闘する兵士達、遠くの黒煙以外に目につくものは無かった。

『大人しくしてくださいね、今助けますから』

 突然、若者の頭上から紙が大量に降り注いだ。

「何これうわわっ⁉」

 手を払おうとするも一瞬で若者が埋もれるほどうず高く積まれると、空へと舞い上がって消えた。

「クッソ、やっと剥がれた……」

 兵士達がようやくまとわりつく大量の紙を剥がし終え、若者がいた方向に一斉に視線を向けた。

 しかし、彼は消えていた。

「おい、あいつを探し出せ! 逃すな!」

 兵士達は剥がし切れていない身体中の紙を残して、方々に散らばっていった。

「……いったい、何だこの紙は?」

 どの紙も、全く読めないほど崩れた筆記体と謎の幾何学模様しか書かれてなかった。

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