あのまばたきの意味

ノンギーる

第1話

 私の愛する彼女は肉体的には病弱だが意思の強い女性であった。

 病気によって徐々に痩せ細り衰えていく身体に反して心は一切弱ることなく、あれもしたいこれもしたいとリハビリに励み将来の夢を熱く語っていた。


 ついにはベッドへ寝たきりとなり介護ロボットによる全面的な介助を必要とし、私との会話が眼球運動と瞬きでしかできなくなっても、『眼さえあればこうして話せるから大丈夫』と決して未来を諦めない彼女の瞳は輝いていた。


 しかし運命は皮肉なものだった。最後に残された彼女の目ごと肉体を奪う代わりに、未来を与えてくれたのだから。


 人工臓器が一般的になった現代では、著しい損傷が起きたり異常が発生したりした肉体を人工物に置き換える義体サイボーグ化は珍しいことではない。

 だが彼女の場合は対象が多く脳以外の全身の義体サイボーグ化が必要で、そのための資金は一般人の私達には決して手が届くことはなく、諦めて古典的な移植――彼女の脳に適合する植物人間からだ待ちになるしかなかった。


 最も医療の発展した現代で植物人間が生まれる可能性は低く、運悪くなったとしても技術の発展で救われる可能性を捨てて他人に提供しようなんてもの好きはいない。

 

 今度こそだ、と俯く私に彼女が紹介したのは闇医者だった。


 早々に諦めた私と違って彼女は希望を探し続けていたらしい。まともな医者では無理でも、非合法な取引を受けるなら全身の義体サイボーグ化をしてくれる闇医者はいたのだ。


 しかし闇医者が提示した取引は、到底私には受け入れられるものではなかった。

 サイボーグ化で要らなくなるとはいえ、愛しい彼女の肉体を好事家に売り渡すだなんて認められる訳がない!


 だが私の反対を押し切って彼女は全身の義体サイボーグ化をした。

 闇医者へ必死に語りかけていた彼女のあの瞬きの意味を私は知らない。知ろうともしなかった。

 

 彼女が自由に動く体を、生来の体を犠牲にしてでも義体サイボーグ化を望んだのは、絶望に陥った私を再び笑わせたかったからなんて一度も思いもしなかった。


 ……彼女の献身に報いるためにも、私達は幸せにならなければいけない。隣に居るのが生身の身体ではなく、サイボーグとなった彼女だとしても、かって彼女と語った未来を手に入れようと私たちは誓い合った。







………

……


 某刻某場所で闇医者は好事家の文句にこう返した。


「眼が足りない? 悪いが手に入れ損ねちまった。気に入った客にはオマケするものだろう」


 目は未だ彼女が持っている、彼との絆を取り付ける取り戻す日を夢見て。

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