第3話

「えっと……。誰ですか……?」


首を傾げている雫の様子を気にせずに、女性が声を張り上げた。


「この泥棒猫!」


「泥棒……?」


一体何を盗んでしまったのだろうかと、心当たりを探る。


「とぼけないでよ! 人の恋人奪ったくせに!!」


「ああ、そういうことでしたか」


納得した。この女性は大きな勘違いをしている。雫は大きくため息をついた。


「あの人魅力的ですものね。気持ちはわかります。だけど、勘違いしてますよ」


できるだけ穏やかな声で伝えているのに、女性は納得しそうにない。まだ息を荒げて睨みつけてきていた。今にも飛びかかりそうな喧嘩中のネコみたいになってて少し怖いから、さっさと真実を伝えることにした。


「わたしは別に舞衣さんとお付き合いしているわけではありませんよ」


「はあ? 舞衣はあんたでしょ?」


「あらあら」


雫が頬を抑えながらうっとりとした様子で微笑む。


「わたしのことを舞衣さんと思い込んでいただけるそのお気持ちは嬉しいですけど、残念ながらわたしには舞衣さんのような魅力はありませんよ」


「あんた、舞衣ってやつじゃないの? じゃあ誰よ? なんでこの家にいるのよ?」


「わたしは舞衣さんの親友の雫と申します。サプライズパーティーの用意をするために家にお邪魔しているだけですよ」


女性が小さく「え?」と呟いた。状況を飲み込んでいっているようだ。ここまで持ってきた怒りのやり場をどこに持っていけばいいのかわからなくなっている。


「せっかくお顔を真っ赤にして舞衣さんに会いに来たのに、残念でしたね」


「真っ赤じゃないわよ! それに会いに来たっていう表現は気持ち悪いからやめなさいよ! 浮気してるあいつと話をつけにきたんだから!」


女性はムッとした様子のまま部屋の端っこに座り込んだ。


「ここで待たせてもらうわよ!」


ただでさえ時間がないのだから、居座られると邪魔なのだけど……。でも、ここで説得して家に帰すのも時間を浪費してしまうだけだし。仕方がない、せっかくいるのなら利用させてもらおう。


そう思って、雫はまだ空気の入っていない風船を渡してみる。1袋100個入りの新品の風船がたくさん入った袋。


「何よ、これ?」


女性が雫の方をキッと睨みつけた。


「感情のままに空気を入れてもらえませんか? このまま怒ったままでいられると、そのうちわたしに八つ当たりしてきそうなので、ストレス発散も兼ねて」


「これ、サプライズパーティーに使うものでしょ? なんでわたしがあんな女の誕生日パーティーをするために協力をしないといけないのよ?」


「知らない人が手伝ってくれたって知ったらきっと舞衣さん驚いてくれると思いますので」


「わたしなら恋敵が自分の誕生日パーティーの準備をしていたら、意味がわからなさすぎて驚きよりも恐怖が勝つけど?」


「じゃあ、それでもいいです。あなたは舞衣さんに怒りの感情を向けているわけですよね? それなら舞衣さんを怖がらせて精神的な攻撃ができますよ」


「なんだか言いくるめられてる気がするけど……。仮にその理論が正論だとして、あなたはそれで良いわけ? 大好きな親友の誕生日のバースデイサプライズに恐怖心を混ぜ込んじゃっても?」


雫は少し間を開けてから、ため息をついた。


「今はサプライズパーティーの準備を間に合わせるのが最優先です。あなたもストレス発散できて、わたしは準備が捗る。それでいいのではないでしょうか」


女性は少しの間雫の顔と風船の袋を見比べていた。そして、諦めたように風船の袋をあけて口に咥えようとする。


「あの女が帰ってくるまでしか手伝わないわよ?」


「帰ってきたらその瞬間にサプライズパーティーの準備は終わりますので、それで問題ないですよ」

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