第3話 操り人形

「ーーーー客人。ようこそ我が屋敷へ」

「え……」


 エリスは驚いた。

 目の前に現れたのは、自分が想像していた屋敷の主人で無く、人間の子供ほどの大きさの機械人形であった。

 よく見れば身体のあちらこちらから糸が伸びており、太陽の光に照らされて時折り輝いている。不思議なのはその糸の伸びる先。天に向かって伸びているのだが、それらは人形本体に繋がる数十センチだけが視覚でき、以降は何も見えないといった状況だ。


「あの……シスさん、これはーーーー」

「…………」


 エリスの困惑した表情にシスは大きなため息を吐くと、ツカツカと人形に歩み寄り、幾つかの糸を掴んで引っ張り上げた。


「痛たたた」

「お戯れが過ぎます、アル様」

「客人へのパフォーマンスだよ。相変わらず手厳しいねシスは」

「それより中に案内しても?」

「もちろん、大歓迎さ」


 その言葉と共に人形は再び動き始め、ダンスを踊りながらエリスの手を掴む。


「ひッ!?」

「怖がらなくていいよ。僕は恥ずかしがり屋でね、こうでもしないと積極的になれないのさ」

「シスさん〜〜〜」

「少々我慢してください。我が主人は変人なので」

「フォローになってねえよ」


 ユーリは呆れつつ仕事に戻ろうと踵を返す。


「あ、ユーリさん。さっきはごめんなさい、お仕事頑張って下さいね」


 エリスの言葉に対して返事は無いが、ユーリはハサミを上に上げてヒラヒラさせて姿を消した。


「さ、中へどうぞ」

「は……はい!」


 シスと人形に促されたエリスは、パンの入った紙袋をギュッと抱いて歩き始めた。



 ◆



「うわあ……すごいですね」


 屋敷に入るとまず目に飛び込んできたものは、恐らく異国の品であろう置物の数々だった。

 魔物の牙らしきもの、見た事もない壺、金で細工された剣など、思わず目を見張るものばかりだ。


「アル様は悪趣味ですからね」

「そんな事はないだろう。君だっていつも褒めてくれていたじゃないか」

「社交辞令です」

「そ、そうなのかい?」

(これ、どんな仕組みなんだろう……?)


 人形はコチラを向いたまま、後ろ向きになって前方を歩いている。

 その動きの一つを取っても、本物の子供が戯けながら歩く光景そのものだった。相変わらず途切れた糸に操られながら、大袈裟な所作でエリスの周りで戯け続けた。

 やがて廊下を突き当たり、左に伸びた先に一際目立つ扉が現れる。

 人形はその前でピタリと静止すると、プツンと糸が切れた様にその場に崩れ落ちた。


「ひッ!?」

「さあ、中へどうぞ」


 シスは顔色ひとつ変えず、崩れ落ちた人形を小脇に抱え込んだ。そして扉を開きエリスを中へと招き入れる。

 逆光でよく見えないが、書斎らしき部屋の奥で、窓を背にして座るひとりの男性の姿が確認できた。


「いらっしゃい、素敵なお客人」

「初め、まして……エリスと申します」


 思わず目を奪われた。

 この辺りの大陸では見ない紫の髪を肩まで伸ばし、蒼空の様な瞳は真っ直ぐにエリスを捉えていた。心の奥底さえ見透かす様な視線に対し、エリスは思わず身構えて後ずさってしまう。


「……君」

「は、はヒィッ!?」

「シスに負けず劣らず胸が大きいね、素晴らしい」

「……へ?」

「失礼」

「おっと」


 シスは何の迷いもなく抱えていた人形を投げつけるが、男は器用に指を動かし、改めて人形を制御してみせた。


「いきなり主人に向かって人形を投げるかね普通」

「いきなり初対面の方に胸の話をしますか普通」

「おっと、これは一本取られたね」


 ククっと指を曲げると、人形は空中でクルクルと宙返りし、やがて書斎の上に堂々と着地した。


「わ、すごい!」

「お褒めにあずかり光栄です♪」


 得意げに笑うと、男はゆっくりと立ち上がり、人形から糸を切り離してエリスに手を差し伸べた。


「ーーーー改めて初めまして、素敵なお嬢さん。僕がこの屋敷の主『アルノルド・ディストピア』だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る