第2話 屋敷の主人

 ▪️毒花と貴族


「こちらです」

「おお……!」


 目の前に聳える巨大な門。

 その豪奢な造りだけに留まらず、中庭を挟んで奥に控える屋敷の存在感もまさに圧巻の一言であった。エリスは思わず尻込み、メイドの女性の背に隠れる様に後ずさった。


(ほ、本物のお金持ちだ……)

「エリスさん?」

「はひッ!?」

「顔色が悪いようですが?」

「いや、すごく大きいなあ〜と思いまして」

「まあ、一応は貴族ですから」


 抑揚も少なめに返事をした白髪のメイド。

 道中に聞いた彼女の名前はシアといい、なんとこの屋敷のメイド長を努めているという。通常の業務すらまともにこなせないエリスからすれば雲の上の存在と言えるだろう。


「では参りましょうか」


 シアは華奢な腕で門の取手を掴むと、無表情のまま門を押し開け「どうぞ」とエリスを中へと促した。


(……見かけによらずパワフルさんだ)

「なにか?」

「い、いえ! オジャマシマス!」


 門を抜けると煉瓦畳の道が目の間に広がった。

 長く真っ直ぐに門に繋がる道は、中央に聳える巨大な噴水を左右に迂回するように伸びている。燦々と照り付ける日差しに飛沫が輝き、周囲の花壇が一段と艶やかに見えた。


(どどどどうしよう。これだけスゴイお屋敷は初めてだよ)


 貴族に仕えた事はたくさんあるが、やはりこの瞬間が一番緊張する。住んでる人はどんなだろう、上手く仕事ができるだろう。考えただけでも胃酸が上がってくる感覚にエリスは顔を伏せた。

 手汗もかいており、心臓が早鐘を打っているのが嫌でも分かる。

 そんな風に恐る恐る歩を進めるが、噴水を超えた屋敷の入り口付近で目に入った光景に立ち止まり、ポツリと「わあ」と声を溢した。

 陽の光に映える一面紫の花々。昼間とは思えない幻想的な風景にエリスは思わず息を呑んだ。


「……とっても綺麗な花ですね」

「グリゼラの花です」

「グリゼラ? 聞いた事ない花です」

「それは仕方がありません」


 シアは頷き、グリゼラの花々を見渡しながら続ける。


「グリゼラはこの辺りでは自生しない珍しい花です。ご主人様が自ら故郷より取り寄せ、毎日愛情を注ぎながら育てております」

「へえ」


 淡い紫色の花弁に触れようとした、その時。


「おい!」

「ひッ!?」

「お前、花に勝手に触るな」


 声のした方向を見ると、十代後半らしき青年がエリスを睨んでいた。グイッと汗を拭うと、頬にやや土埃が付着している。格好からして庭師だろうか。


「おいシス。誰だよそいつは」

「お客人に失礼ですよユーリ」

「この屋敷に客人だあ?」


 ユーリと呼ばれた青年は怪訝な目をエリスに結んだまま、品定めでもする様に周りをグルグルと回った。


「んだよ、ただの見窄らしいメイドじゃねえか」

「み、見窄らしい!?」

「……屋敷の者が失礼を。彼はユーリ・マクシア、この屋敷の庭師でございます」

「庭師さん?」

「あん? なんか文句あるかよ」


 庭師なら花に触れて怒るのも無理はないだろう。自分の軽率な行動を反省し、エリスは謝罪の言葉を口にした。


「あの……ごめんなさい」

「それよりお前、花に触ってないんだな?」

「え? はい……触って、ないです」


 それを聞くとユーリはため息を吐いた後、腕組みをして眉を顰めた。


「……この花、棘に毒があるんだよ。素人がうっかり触ると取り返しがつかない」

「ど、毒!?」

「シスてめえ、客人ならちゃんと面倒見とけよ」

「もちろん、触る寸前には止めるつもりでした」

「危なっかしいんだよ!」

「解毒剤も常備しておりますが?」

「そういう問題じゃねえ!」

「あはは、はは……」


 口論を繰り広げる二人に押されつつも、この屋敷の日常が垣間見れた気がした。街での評判は良くないと見受けられたが、どうやら取り越し苦労だったとエリスは安堵した。


「おやおや、今日は随分と賑やかだね」

「え?」


 屋敷の入り口から声が響く。

 低く、しかし耳に残る不思議な声だった。


「ただいま戻りましたご主人様」


 シスがカーテシーをしながら頭を下げると、現れた主人は従者に対して労いの言葉をかける。


「うむ、ご苦労だったねシス」

「この人がこの屋敷のご主人様……って、ええ!?」

「ご足労だったね」


 キィっと甲高い音を鳴らし、人間の子供くらいの機械仕掛けの人形が戯けてみせた。


「ーーーー客人。ようこそ我が屋敷へ」

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