9. 十二月のたこ焼き (2)
慶はしゅっと息を吸い込んだ。息を吸い込む音が自分にも聞こえた。
「君が、真面目そうだから、伝えとくよ」
慶がよっぽど衝撃を受けた顔をしていたのか、その人は扉を閉めかけて、もう一度顔を出した。
「すまんな」
慶は弾かれたように顔を上げて、頭を下げた。
「ありがとうございますっ!」
顔を上げたら、その人は同情するように見ていた。
「……元気出して、じゃね」
慶は食い下がった。
「あの、どこに引っ越したとか…」
相手の顔を見て、言葉を続ける。
「知るわけ……ご存知、なわけないですよね」
ですよね、と慶は口の中でもう一度呟く。
「せめて、いつごろか…」
「先々月の終わりじゃないかなあ。ハロウィーンの頃だったから」
ありがとうございます、と慶は再び頭を下げて、部屋の戸が閉まるまで見送った。
予感はあった。
先生はオレとの関係を断ち切って、意図的に断ち切って、行ったんだ。それが先生の意思だった。
「お前、ほんまに大丈夫か」
大教室授業の後、孝之の声が降ってくる。今日も、面白いメガネをかけている。
「たこ焼き、食うか?」
孝之はどこで買ってきたのか、たこ焼きを差し出してくれる。
首を振る慶に「ふうん」と言いながら、隣に座った。
「十一月末に見た時より一層ひどくなってへん?」
心配そうに言ってくれる。
「……どうしたらいいんだろう」
「なになに?」
「……なんでそんなに嬉しそうなの」
孝之が奇妙な七色フレームのメガネを外して、乗り出してくる。
「だって、慶ってさあ、ニコニコしてるけど、胸の内を見せないじゃん。いつも平気です、って顔しててさ。こんなに弱ってる慶……いや、慶のこんなに生々しいのを見せてくれるのって初めてやし、今まで心開いてへんで、オレたちに付き合ってくれてるって感じやったやん」
「え……オレ、そんなんなの?」
慶は、ちょっと驚いた。そんなつもりはなかった。
「そやで。適当にうまくやろう、って感じ。ずっとそういう感じできたん?深くつきあいとうない、心を開きとうないんかな、って思ってたわ。いつも一歩引いてる感じやし」
「いや、そんなつもりなくて……」
「で、なになん、お兄ちゃんに言うてみ?オレ、一浪やから、お兄ちゃんやし」
慶は、吹き出した。それだけで少し心が軽くなる。
オレは、そんなふうに思われてたのかな。
「慶がさあ、感情的になってるのって見たことない……あ、一回だけあるわ。驚いたし、よう覚えてる」
お兄ちゃんは、遠くに視線を放った。
「え」
自分が感情的に振る舞ったことで後悔している慶は、むしろ意外だった。
「五月くらいに、慶が男の腕を掴んで真剣に何か言ってた時」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます