9. 十二月のたこ焼き (1)

ピンポーン。

 チャイムの音が響く。中で鳴っているのに、誰も出てこない。

 慶は勇気を出した。図書館に行っても、もう樹の入っていたシフトには違う人が入っていた。同じ大学なのに、文系と理系、学部と大学院ではすれ違うことすらない。いや、樹の方が慶を避けているから会えないのかも知れない。そうしているうちに、十二月になってしまった。

 どうしても会いたいなら、家を訪ねるしかなかった。もう三日、続けて訪ねてきたが、いつ来ても樹は留守だった。

 冷たい手に息を吹きかけながら、慶は夏に頻繁に訪ねてきたことを思い出す。

 あの時は、なんであんなに輝いていたんだろう。

 でも、あの時間をもう一度取り戻したい。不機嫌な樹が実は喜んでるのを見て、ご飯を食べさせて、美味しいという顔をさせたい。

「先生、なにしてんだよ……帰ってこずに」

慶が諦めて帰ろうとした時、隣の扉が開いた。

慶は、ペコッと頭だけ下げて、立ち去ろうとした。迷惑だったかな、と思いつつ。

「あのさ」

 隣の人は三十代のサラリーマンのようだった。

 「毎日来てるし、春から秋似かけてしょっちゅう来てたし、雰囲気からしてまともそうだから」

 突然その人が何を言い出したのか、慶は分からなかった。黙って聞く。親切でそうしてくれるのが、伝わってくる。

 「だから……」

 言いにくそうに視線を下に落とす。

 慶は次の言葉を待った。何かがあるのだと思った。覚悟が必要なことがあるのだと。これが、自分が招いた結末なのだ、という予感があった。先生の部屋を三日続けて訪ねても会えない理由。

 「……引っ越したよ、お隣さん」

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