7. 十一月の缶コーヒー(1)

 「お疲れ〜」

「じゃあ、また来週」

 大講義室の授業が終わった。十一月に入って、日が落ちるのが速くなると、めっきり寒くなった。

「慶、授業終わったよ」

 美香が声をかけてくるので、慶はぼんやりしていることに気付いた。

「あ、うん」

 いつの間にか、教室は閑散としていた。長机の上に出しっぱなしにしていた教科書やペン類を片付けようと、慶は手を伸ばした。

 バサバサ、カシャンカシャン。手が滑って、教科書類やペン類を全部、前に落としてしまった。

「あーあ、なにやってんの、慶。」

「大丈夫か?最近、ぼーっとしすぎじゃね?」

 口々に言いながら、美香や孝之が拾ってくれる。夏前はしょっちゅうつるんでた友人たちを、久しぶりに見た気がする。

「あ、ああ、うん。……ちょっと寝不足で」

 慶は、無理やり目の前のことに焦点を合わせる。友人たちが笑う。明るい教室。外は雪。さっさと帰る人間が多く、広々として、外の雪の光が中へ入り込み、明るかった。底抜けに明るかった。

「久しぶりに授業後も残ってると思ったら、すごい疲れた顔してんじゃん」

「ほんま、ひどいクマできてるで。この缶コーヒーあげよか?」

孝之が開ける前の缶コーヒーを差し出してくれた。

「だいじょうぶ?バイト入れ過ぎじゃない?」

 美香が聞いてくる。

「あっこいつ慶狙いだからさ〜」と徹がまぜっかえす。

「なによ、聞いたっていいでしょ」

 美香は顔を赤くして言い返す。

 そういうやりとりを慶は、ぼんやりとしながら聞いていた。六月からずっと樹のところに入り浸っていたから、授業後のこういうやり取りは新鮮だった。

「……な、どうすんだよ、慶」

「え?」

 突然話しかけられた慶は、問い返した。

「ぼんやりしすぎ、今日飲みに行くだろ?」

「絶対、彼女と別れたんやって噂やでぇ。慰めたげるし」

 孝之が慶と肩を組んでくる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る