6. 十月かぼちゃのスープ(4)
「お前に、関係ない」
樹は涙を浮かべながら、慶を睨みつけてきた。
「増田―――先生の同級生なんだな」
「だから何だよ」
慶は、樹が久しぶりに本気で向かってきてることに、ズキズキするほど興奮していた。自分が、樹を怒らせてると思うと、たまらなかった。もっとこっちを見ろ。もっと。
「こっち見て」
慶は、拒絶の意思表示で顔をそむけていた樹の顎を捕まえて、慶の方を向かせる。樹の右手を掴んでいる左手は、離していない。右手に招待状を持ったまま、樹の顎を捕まえることなど、慶の手の大きさ、指の長さなら容易かった。
顔を向けさせられても、頑なに視線を合わさない樹に慶は苛立った。そして、言った。樹が慶を見ざるを得ないことを。
「先生、こいつが好きなんだろ。こいつと会いたくないから、もう田舎に戻らないんだろ。明星高校の教師も、それで辞めたんだろ」
慶は、樹の目に衝撃が走るのを見た。樹は、目を見開いて、慶を見ている。色素の薄い瞳の中に、自分が映るのが見える。その姿は、樹の瞳の揺らぎに合わせて揺れている。
こんなに間近で先生の瞳の中で、揺れている人間が他にもいたの?そいつは、先生の瞳の中でこんな間近で写ったりしたの?
先生が一番気にしていることに触れたい。それが叶ったはずなのに、その後味は最悪だった。
「なんで……」
喘ぐように樹は言葉を絞り出す。
「先生、あの時、ベロベロに酔っぱらってる時、ホテルに連れ込もうとしている男に「増田」って呼びかけてた。邪魔したオレに泣いて文句言ってた。「せっかく増田が2人っきりになろうって言ってくれたのに」って」
さっきまでの興奮は嘘のように薄れていた。樹が自分の顔を凝視している視線は痛いほど、慶は感じる。
「は……」
樹は、空いている方の手で立ち眩みがするように、額に手をやった。
「お前は……増田は男だぞ……オレは男なのに……」
樹は息を吸い込んだ。水の中で息が苦しいように、肩で息をした。
樹は、一歩下がった。慶はそれ以上、掴んでいられなくて、手を離した。
「お前は、そんなことを思いながら、オレを嗤っていたのか?同情していたのか?」
樹は、慶を下から見上げた。目が血走っている。
「お前は……どこまで……」
「結婚式にいくの?」
「はあ……?」
「行って欲しくない」
慶が踏み出すと、樹は拒絶するように下がった。テーブルに足が当たって、スープ皿に添えられたスプーンが音を立てる。かぼちゃのスープからは、もう湯気は上がっていなかった。
「お前に関係ない、オレの心に土足で踏み込むな」
「先生、先生はそいつが好きですごい苦しんでるみたいだった、これ以上傷ついてほしくない、だから」
慶が伸ばした手が、思いっきり叩かれて弾かれる。
憎しみに満ちた目で、睨まれる。
「今、これ以上ないほどにオレを傷つけてるのは、お前だ」
吐き出すように言われた。
「オレの心に土足で上がり込むな。二度と顔も見たくない。出てけ」
樹は、憎悪に満ちた顔で慶を睨んで言った。
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