6. 十月かぼちゃのスープ(3)

 慶が、暢気な雰囲気を消して、聞いた。手には封筒を持っている。上質のクリーム色の封書に金の飾り模様。どう見ても結婚式の招待状だった。

 慶が持っている面は、差出人が書いてある。

 慶の雰囲気から、樹は何かまずいことでもあったのか、とギクリとする。

「―――なにって……」

 樹は慶の雰囲気が怖くて、足を止めた。慶はしゃがんでいて、樹は立っているのに、慶の圧迫感が強い。樹は慶が何を問題にしているのか、何が訊きたいのか、分からずに立ち尽くす。

 ―――オレは帰らないよ

 慶は、しゃがんだまま招待状を見て思い出す。

 ―――オレは帰らないよ、と言った樹の顔が思い浮かぶ。

 何かが繋がった気がした。書かれている名前に見覚えがある。いや、聞き覚えがある。増田潔。明星学園高校の有名人。地元で一番大きな土建会社の三代目。先生と同学年だ。やんちゃで明るくて明星学園伝説の男。

 ―――増田。

 ―――先生が泣いて「増田が行ってしまう」って言ってたじゃないか。

「盛次、なに―――」

 慶は立ち上がって樹を見下ろした。

 慶は樹に微笑みかけた。不穏な空気のなかで、慶が微笑んだことで、樹はホッとしたのか、」つられて顔を綻ばせる。鼻に皺が寄ってない、ほんとうの笑顔。

 ―――オレはこうやって気を使わせているのに。むしろ、怯えさせているのに

 「行くの?」

 慶は招待状を親指と人差し指で挟んで、掲げた。

 樹の表情から笑顔が消えて、ゴクリ、と喉を鳴らす。

 ―――ああ、ダメだ。オレは先生を怯えさせてる。

 「結婚式、行くの?」

 樹は意味が分からない、という顔で眉根を寄せた。

 「っ」

 慶はいきなり樹の腕を掴んで、引き寄せた。樹は細い。慶の手が、樹の肘あたりを掴んでも指が届く。

「行くの?」

「痛っ……」

樹が涙目になって見上げてくる。茶色の瞳に涙が滲んで、睫毛がふるえている。慶はゾクリ、としながら、見下ろした。

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