4. 八月旧盆、チェイサーグラス(2)


 「オレ、カズって言うんだけど。な、いいだろ?二人っきりになれるとこ行こ?」

 樹は自分の肩を抱いている男が熱心に話しかけてくるのを、ぼんやりと見上げた。周りがきらきらと輝いている。雨上がりの街はネオンサインがにじんで、幻想のように美しかった。濡れた黒い地面に虹色の光が映って、輝く。

 「………誰……?増田?」

 樹は、名前を呼んだ。初恋の人の名前を呼んだ。絶対に想いを告げることなどできなかった、くすぶり続けた想いの相手の名前を。樹の視界に入る男は、笑った。

「増田……そう、増田だよ。思い出した?」

「なんでここにいるの?」

 樹はふわふわした気持ちで、彼の腕を顔を掴んで引き寄せた。

「あー本当に増田だ……ははは」

「会いたかった?」

 増田は微笑んだ。樹は増田の顔とネオンの光が混じって、よく見えない。まぶしいばかりだ。でも、増田が自分を見つめて笑ってるのは分かる。

「うん……会いたかった……」

「オレもだよ。な、二人っきりで話そうよ。久しぶりにいっぱい話したいからさ」

 樹の肩を抱き寄せる腕に、樹はすべての苦しみが解けていく魔法を感じていた。世界は輝いている。ほら、こんなに足元が軽い。ふわふわきらきら……。全部、最初からやり直したら、あいつがそばにいることがこんなに苦しくない気がする。

 「何やってんだよ」

 樹は突然、ふわふわしたものから引きはがされた。固く熱く強い手が、自分の肩を後ろへ引き寄せる。大きな背中が自分の目の前に立ちはだかる。

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