2. 七月のコロッケサンド(1)
「また来たのかよ……」
樹は、玄関ドアを開けたところでニコニコ笑っている男を見て、仏頂面を隠さなかった。
慶は、近所のパン屋の袋を目の高さまで持ち上げて振る。
「だって、ここの方が大学にもバイト先にも近いんだもん。二人で食べる方がいろいろ作れるじゃん。今日は、コロッケサンドだよ!」
樹の目が袋に吸い寄せられるのを、慶はしっかりと観察した。
(文句言いながら、この人は、食べることに弱いよな)
「明日の朝は、残ったパンでミルク粥にしよ。シナモンも買ってきた」
慶が靴を脱ぎながら言うと、樹は「ふーん」と言いながら奥へ入っていく。
「お前の働いているパン屋さんて」
「パン屋に併設するカフェね」
慶は、返事しながら台所へ入り、冷蔵庫を開けて、買ってきた食材を入れる。
「そのカフェって、いつも余ったパンをくれるの?」
樹はローテーブルで、分厚い本を開いた。ノートパソコンを開いて何かを打ち込んでいる。
「そうだね。オレは、早朝、パン屋の方にヘルプで入ることも多いから、そのお礼も兼ねて、って感じかな」
慶が、樹の部屋に頻繁に顔を見せるようになったのは、図書館の夜以降、すぐだった。
「また来たのか。え?バイト先に近い?」
「え、なんでお前いるの」
「え?早朝バイト?」
「……またかよ……」
週に二度はそういうセリフを玄関で吐かれながら、慶は樹の日常に入り込んでしまった。そうして、季節は夏、七月も下旬である。
「お前、試験期間じゃないの」
樹の声に、慶は台所から振り返る。樹は分厚い本をめくりながら、メモを取っている。「うん」
「……「うん」て……こんなところ、来てていいのか」
樹が慶の方を振り返った。そして、ちょっと驚いた顔をする。慶が自分を見ていたことに、驚いたようだった。
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