2. 七月のコロッケサンド(2)

「単位を落とすなよ。特に理系は進級要件が厳しいだろ」

 樹は、パッと視線を外して本に視線を戻した。耳が赤くなっているのを、慶は見逃さない。

「バイトは減らしてもらってるよ。実験レポートの方が多いし、試験自体は少ないしね」

 慶は、シンクに寄りかかって、樹を見ながら答えた。

「そうか……ん?バイト減らしてる割には、ここに来る回数が減ってなくないか?」

 樹がふと気づく。

「このパン屋さん、人気なんだよね。ほんと美味しいし」

 慶は、ここに来ることを咎められないように巧妙に話をずらす。初めて樹の家に来たときに、樹が慶の作ったものを大喜びで平らげたことが、慶には大きな喜びだった。その後、樹の食生活の悲惨さを知った慶が、バイト先のパンを持って寄ることが増えた。アルバイトが入っている水曜日と週末には、慶が訪ねてくる。六月は、二週間に一回くらいの頻度だったが、七月には週二回は樹の家に泊まっていた。

 「……先生さあ、この頃、オレが来てもそんなに嫌な顔しなくなったよね」

 慶は、台所のトースターに食パンを入れながら話しかける。ジー……、とトースターが加熱を始める。同時に、ガスコンロにフライパンを乗せて、まだほの温かいコロッケを油を引かずに温め直す。カリッと仕上げるのだ。両方が加熱されて、部屋の中に小麦粉と脂が焦げるいい匂いが満ちる。

 スン、と樹が鼻を鳴らした。

 (集中してると、返事がなくなるよな)

 樹は白のポロシャツにデニムのボトムスだった。細身なので、26歳には見えない。20歳くらいに見える。外では見せないマスク下の薄い唇が、何が呟いている。樹は勉強中に独り言が多い。

 ―――オレが高三のときの先生って、こんな顔だったかな。

 慶は、思い出のなかの樹と重ね合わせる。


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