1.再会―――初夏のビール(5)
三十分後。樹はローテーブルの上に数々のおつまみが並んでいるのを、唖然として眺めていた。
「せんせ、何してんの。飲も?」
慶が足で冷蔵庫を閉める。手にビールを持っているからだ。その姿さえ絵になる。
なんなんだ、こいつは。無理難題を押し付けたはずが、近年稀にみる食卓の豪華さが演出されて返ってきた。
キュウリの即席漬けは割って紫蘇と生姜が差し込まれている。冷凍シーフードで作った茶わん蒸しは、スも入っていなくて滑らかだ。冷蔵庫で干からびていたはずの生姜は、枝豆とかき揚げになっている。鮮やかな黄色い卵焼きは、なんで瓢箪の形なの?冷奴の上に和風サラダチキン乗せて、柚子胡椒って。
「……お前、天才なの?」
樹は、輝く食卓を見ながら思わずつぶやいた。慶が吹き出す。
「こんなの、簡単だよ。ここの冷蔵庫、物が無さすぎ。先生、ふだん、何食べてるの?」
慶は缶ビールのプルトップを抜いて、樹に渡してくれる。
「なんなの、なんでここまで手回しがいいの?怖いんだけど」
樹はビールを受け取りつつも、ちょっと身を引いた。そう思うと、この魅力にあふれた男がニコニコと何でもしてくれることが、本気で恐ろしくなってきた。何が目的なんだ?
「オレは作るのが好きなだけ。美味しそうに食べてくれる人がいたら、うれしいだけ」
慶は長い足であぐらをかいて、樹のビールに自分の缶を当ててきた。
「乾杯」
「お、おう」
「再会に!」
慶がにっこりと笑った。あまりに魅力的な笑顔なので、樹は一瞬呆けた。
「……お、おう?」
再会に?オレは歓迎していないが?
疑問を感じつつ、慶が取り分けてくれたキュウリの即席漬けを口にし、ビールを流し込んだら、全てを忘れた。キュウリはほのかな甘みと旨みをともなって、最後に紫蘇と生姜の香が鼻へ鮮烈に抜けていく。少し湿度の上がった季節には、たまらなかった。
「先生、潰れるの、早い」
慶がわずか一時間後に、樹をベッドへ運んでくれるとも知らずに、樹は美味しく食べて美味しく飲んだのであった。
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