【100】

「ええ、次に紹介するのは、ハツネ社が開発した最新型の家庭用生活補助型ホログラムAI、AINアインです。見てください、この解像度に立体感。まるで、本物の人間みたいでしょう?試しに、会話をしてみましょうか。こんにちは!」

 司会者の女性が、中肉中背で中性的な容姿をした人間——を忠実に模したホログラムに話しかけると、

「こんにちは。初めまして。私の名前は、アインです」

 とても電子音声とは思えない発音で挨拶し、滑らかな動作でお辞儀をした。

「こちらのアインは、第四世代の家庭用生活補助型AIホログラム。第三世代にはなかった、学習型感情表現動作のオプションが付いています。どういうことかというと、共に生活することによって、同居者の挙動や喜怒哀楽を学習し、表情や仕草に疑似的な感情表現を反映させることができるんです。例えば……アイン、あなたは素晴らしいですね」

「ありがとうございます」

 ホログラムは少し俯いたかと思うと、薄っすらと頬を赤らめ、口元にむず痒そうな笑みを浮かべた。人間そっくり――いや、最早、人間そのものだった。恐ろしいほどに。

「容姿はお好みに合わせて、十五種類から選ぶことができます。もちろん、口調や声色、服装や性格も、細部まで自在にカスタムが可能です」

 途端に、中肉中背で中性的な人間の容姿だったホログラムが、爽やかそうな青年、聡明そうな若い女性、柔和そうな老紳士、人懐っこそうな中年女性と、次々に姿を変え、

「こんにちは」

「初めまして」

「私の名前は」

「アインです」

 それぞれに合った声色でリレーのように喋った。


「……ふん」

 先程の、右隣の702号室の住人——確か、長谷ながたにとかいう、恐らくは独身の男だ――は大方、これと情事に耽っていたのだろう。最近は、どのチャンネルでもうんざりするほど、このアインのプロモーション番組やCMが流れている。

 ハツネ社が開発した家庭用生活補助型AIホログラムは、第三世代以降になってから爆発的な普及を見せた。数年前までは街中の立体広告でしかお目に掛かれなかったが、家庭用生活補助型AIへとフォーマットを移行してからは、そちらの方が主流になりつつあるほどだという。

「この現代、老いも若きも関係なく、誰しもが孤独を抱えています。それ故に、人間を模した家庭用生活補助型AIホログラムは流行したのでしょう。誰かと生活を共にしている、見守られているという安心感を得る為に。例え、それが虚像に過ぎないとしても」

「技術の発展や生活における安全性の向上が喜ばしい反面、このままでは現代社会における人と人との交流がますます得られなくなるのではないかという懸念がありますねえ。進むところまで進みきった日本の少子高齢化に、止めを刺すような事態にならなければよいのですが……」

 そう言っていたのは、いつか見たワイドショーの名物コメンテーターたちだったか。世間的には、時代遅れの戯言を垂れ流す保守的な思想の人間——いわゆる老害のレッテルを張られている連中だったが、その意見には強く共感したので、印象深く覚えている。

 何が、家庭用生活補助型AIホログラムだ。所詮は、偽物の家族ごっこではないか。

 偽物。そう、偽物だ。

 ホログラムなどに、情を覚えてたまるか。ましてや、隣の長谷のように、恋愛の情など抱いてたまるか。

 人間は所詮、同じ生身の人間との間にしか、情を育むことができないのだ。

 友情、愛情、温情、恩情、慕情。隣人愛に、夫婦愛に、家族愛。

 空間に投影された虚像による偽物ではなく、本物の家族でなければ―――。

「……っ」

 嫌気が差して、チャンネルを変えようと手をかざした時だった。


「そして、ここからがバージョンアップしたアインの最大の魅力」

 女性の司会者が手をかざした途端、ホログラムがこれまでになかった容姿へと変化した。

 小柄で、髪にパーマをかけた、皴だらけの老女。これまでのホログラムが着ていた白い無地の服ではなく、藍染めの和服を着ている。

「こちらは、五年前に亡くなった私の母をモデルにしたアインです。驚きましたか?故人の写真や生前の記録映像のスキャニングと、遺族による人格構成プログラミングによって、極限まで再現されているんですよ。……ねえ、お母さん」

「ユミ、どうしたんだい」

 司会者の女性は、不意に口元を押さえ、目を潤ませた。

「ああ……お母さん……。失礼しました。このように、家庭用生活補助型AIホログラムの再現力はついに、実在した人物の疑似再生を成し得るまでに進化しました。あの世へと旅立ってしまった家族と再会することができる上、また共に暮らすことができるだけでなく、生活の補助まで行ってくれるのです」


 開いた口が、塞がらなかった。

 こんなことが、あっていいのだろうか。

 故人を家庭用生活補助型AIホログラムとして再生させる?

 そんな、倫理に反するようなことが―――。


「アインの対応フォーマットはこちら。なんと、旧世代の家庭用生活補助型AIにもインストールが可能なんですねえ。それでは――」


 突然、テレビの電源が落ちた。

 いや、mimamoが私の意思を汲み取って電源を切ったのだろう。

 そんな絵空事があってたまるか、そんなものを見せつけてくれるな、という意思が、顔に出ていたに違いない。

 だが……。

 最後に、司会者の女性がスタジオの空中ディスプレイに表示したアインの対応フォーマットの中に、mimamoの項目があったのを、私の目は捉えていた。

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