【101】
それからというもの、私は何をしていても、アインのことが頭にチラつくようになった。
故人を、家庭用生活補助型AIホログラムとして再生させる。
亡くなった家族と、疑似的にだが、再会できる。
その上、生活の補助まで行ってくれる。
しかし、それは倫理に反する行為なのではないか。
だが、名だたる大企業がそれを普及させているということは。
そんな議論はとっくに済まされていて。
それを世間も受け入れていて。
でも。
でも―――。
「父さん」
不意に話しかけられ、顔を上げると、裕太が後ろに立っていた。右手に嵌めたスマートリングの空中ディスプレイで何かを眺めつつ、忌々し気にこちらを睨みつけている。
「風呂、まだ沸いてないの」
「あ……ああ、今から沸かすよ」
「チッ……」
裕太が部屋に戻ると、電気給湯器を操作した。食事の前に沸かすのが習慣になっていたのに、すっかり失念していた。他のことで、頭が一杯だったせいで。
故人を、か……。
だが、だとしても、それは偽物なのだ。再現に過ぎず、本物ではない。
もし、妻をアインとして蘇らせたとしても、それは偽りの虚像に過ぎないのだ。そんなものに頼ってどうする。
裕太との関係性を修復するには、私自身がきちんと向き合わなければならないのだ。父親としての矜持を抱いて。
その為には、歩み寄らなければ。
どんなことだっていい。会話を交わし、心の距離を縮めていくしかない。
「なあ、裕太」
「あ?」
「普段、空中ディスプレイで何を見てるんだ?」
「なんでもねえよ」
「……そうか」
「裕太、たまにはインスタントラーメンじゃなくて、焼き魚を――」
「これでいい」
「……そうか」
「裕太、たまにはリビングでゆっくり――」
「いい」
「……そうか」
「裕太、面白そうな番組が――」
「いい」
「裕太」
「いい」
「裕太」
「うるせえ」
「裕太」
「話しかけんな」
「裕太」
「……」
「裕太」
「チッ……」
「………裕太」
―――ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ
我に返ると、頭上で警報がけたたましく鳴り響いていた。
これは、mimamoによる広域警告音。つまり、部屋ではなく、このマンション全体に何か異常が―――、
「ピーッ。管理機構からのお知らせです。ただいま、各室のベランダ間を隔てる非常時可動式間仕切り壁が、セキュリティシステムのトラブルにより解放状態となっております。即時、臨時電磁壁が作動している為、ベランダから隣室へ往来することはできませんので、ご安心ください。尚、システムの復旧には十分ほどかかると思われます。もし、ベランダにプライバシーに関するものを置かれている場合は、電磁壁が透過構造の為、室内へと収納することをお勧めします。その際に、隣室の居住者と遭遇されても、住民評価の減点対象にはなりませんが、マンション全体のセキュリティレベル維持の為、節度を持って対応して頂けますよう、お願いいたします。管理機構からの……」
mimamoから続けて発せられた緊急放送の内容を理解し、ベランダに向かった。滅多に使わない除菌除花粉機能付き物干し竿と、妻が生前使っていたガーデニング用具を押し込めたベランダボックスくらいしか置いていなかったはずだが……。
窓を開け、外へ出ると、確かに各室のベランダ間を隔てている非常時可動式間仕切り壁が持ち上がっていた。代わりに、薄緑色の透過電磁壁が、〝電磁壁作動中!感電&衝撃に注意!触れないでください!〟という文言と、仰々しい警告マークのホログラムと共に張られている。
——―カランカランッ
物音がして、何事かと右を見遣ると、陰気そうな男——この男が長谷だろうか?――が、慌てた様子でこちらを見つめていた。両手には、赤と銀のストライプ模様の丸みを帯びた筒状の物体を一杯に抱えている。落としたらしいそのひとつが、こちらに転がって来たかと思うと、
——―バチンッ!
電磁壁によって弾かれ、凄まじい勢いで男の脛に命中した。
「うあーっ!」
弁慶の泣き所を打ち抜かれた男は、両手一杯に抱えていた物体をベランダ中にガラガラと散乱させたかと思うと、涙目で私を一瞥し、逃げるように部屋の中へと消えて行った。
妙な気まずさを感じながら立ち尽くしていると、今度は反対側から、窓が開く音がした。振り返ると、主婦然とした雰囲気の女性が、洗濯物を取り込みに出てきていた。
全自動洗濯乾燥機を使わず、日光で衣服を乾かしているのか。酔狂なことだと思っていると、不意に女性と目が合った。慌てて小さな会釈だけして、中へ戻ろうとすると、
「あ、あの……」
女性から、呼び止められた。
「……二ノ
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