【11】
——―キャハハハハ
また聴こえた。無邪気な子供の笑い声。
何だろうと、ベランダに出てみる。
——―ママ、早くぅ
——―はいはい、ちょっと待ってね。パパ、ビールは何がいい?
——―合成麦じゃないやつ、ある?
——―そんな高級品、うちにはありません
——―ハハ、分かった分かった
賑やかな家族団欒の声は、左手の方からしていた。音声遮断機能付きの窓を開けているということは、煙の出る焼肉でもしているのだろうか。自動空調ファンで換気すればいいものを。
隣の704号室には確か……
スマートマンションは購入時に〝なるべく他の居住者と交流しないように〟という旨の契約を結ばされる。決して無理強いではないが、管理機構が、居住者に完璧で安全な生活を提供する為に、徹底的な行動管理、もとい交流制限を促してくるからだ。いわゆる、隣人トラブルと呼ばれる事柄が起きないように。
どれくらい徹底的かというと、外廊下やエレベーター、エントランスロビーが無人かどうか、玄関扉の内側に備わっているモニターで確認できるほどだ。それが例えこのマンションの居住者だろうと、人がいればmimamoがその人物の性別や年齢、過去の経歴などの要素を元に外出に対する危険レベルを弾き出し、モニターに表示、警告してくるので、その間はほとんど外に出ることは無い。出ても別に警報が鳴ったりはしないが、管理機構の定めたマンション内の行動制限に反したとして、住民評価が下げられてしまう。住民評価が下がり続ければ、不動産会社と管理機構の連携によってマンションから立ち退きを強いられてしまうので、どんなに危険レベルが低かろうと、居住者たちはmimamoが警告している間、滅多に外に出ることがない。つまり、他の居住者とは普段、すれ違うことすら無い。
必然的に――今となっては前時代的な死語だが――近所付き合いなどというものは消滅する。完璧で安全な生活に、そういったものは不要というわけだ。
故に、例え隣人だろうと、どういった人間なのかは計り知ることができない。せいぜい、エントランスロビーの集合郵便端末で苗字を知ったり、こんな風に時々漏れ聴こえてくる声や物音などで、家族構成をなんとなく窺い知るくらいだ。
このマンションに入居することが許されるくらいなので、少なくとも犯罪とは無縁の人種なのだろうが……。
——―どう?おいしい?
——―うん!おいしー!
——―ママもビール飲まない?
——―私はいいわよ。合成麦のビールって、悪酔いするんだもの
——―ハハハ、飲み過ぎなきゃいいんだよ
いつの間にかベランダ間を隔てる非常時可動式間仕切り壁の前まで行って、隣室の家族団欒の声に聞き入っているのに気が付いた。
……まったく、何をやっているのだ。
悪趣味な行為に及んでいる自分に嫌気が差して、部屋の中に戻ろうとすると、
——―アイちゃん、アイちゃんっ……
今度は、右隣の方から声が聴こえてきた。男のものと思われる、ボソボソと湿った声色に、荒い息遣い。
何事かと、反対側まで行って耳を澄ましてみると、
——―アイちゃん、アイちゃんっ、うっ……
——―体温の上昇と、動悸を検知しました。体調に、何か問題がありますか?
——―いや、大丈夫だよ、アイン
——―分かりました
——―ふう。えっと、ティッシュティッシュ……
何が行われていたのかを察し、途端に馬鹿馬鹿しくなった。呆れ果てながら、部屋の中へと戻る。
ソファに座ると、指先の動作で窓を閉め切り、テレビを点けた。興味を引く番組が無いか適当にザッピングしていると、ふと、通販番組のチャンネルに目が留まった。
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