【1000】

 散乱したガラス片がロボット掃除機によって綺麗に片付けられていくのを無気力に眺めながら、私はまた、なぜ、こんなことに?と、自問していた。

 無論、その答えはとうに出ている。

 二十年前に、妻が亡くなった時も。

 裕太が高校に入学して、半年も経たない内に不登校になった時も。

 通信制の高校に通わせて、どうにか高卒資格だけでも取得させようとした時も。

 どんな仕事でもいいから働いてほしいと、アルバイトを経験させようとした時も。

 どれも長続きせず、在宅で働くと言い始め、高価なパソコンやモニターを次々と買い込み始めた時も。

 決して話そうとしないが、どうやらそれも失敗に終わり、働いてなどいないらしいと勘付いた時も。

 やめると宣言した酒を、今も通信販売で買い込んでいると気付いた時も。

 私が、きちんと裕太に向き合って来なかったからだ。

 会話をしてくれない?

 私が、裕太と会話をしようとしなかったからだ。

 心を開いてくれない?

 私が、裕太の心を開こうともしなかったからだ。

 そのせいで―――。

 もう手遅れなのかもしれない。口論になったことは、これまでも度々あった。壁を殴りつけて穴を開けることも。暴れ回って家の中の物を壊すことも。

 だが、凶器を手に脅されるのは、命の危機を感じたのは、初めてのことだった。

 妻をアインとして蘇らせたとしても、もう無駄なのだろう。裕太の凝り固まった心を溶かす方法など、もう無いのだろう。

 このままでは――と、その時、とある思考が脳裏をよぎった。

 到底考えるべきではない、とてつもなく非道徳的な、倫理に反する、黒く、暗い考えが。

 ……そんなこと、していいはずがない。そんな、父親として、人として、最低の行為を、していいはずがない。

 でも……。

 例え偽りだったとしても、かつての、何もかもが上手くいっていた幸せな頃の、家族団欒が蘇るのならば―――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る