2.まだましな仲間たち

 ボクの仲間たちを分類するのならば、科学者・錬金術師はクズ、聖女はカスであるけれど、魔導士と召喚士はそこまで度し難い連中なわけではない。もちろん胃が痛くなることに変わりはないし、だいぶ癖があることには変わりはないのだけれど、良識のある人たちだった。

 久々に書類仕事から解放され、わずかな休暇に彼らへと会いに行く。それは特に自由奔放な二人を監視する目的もあったが、理性を失った好奇心の化け物と、陰湿さが人の形をとった女と、ボクの周囲を取り囲む生真面目で鬱陶しい官僚たちから逃れることが最も大きな目的だった。

 異世界に転生する前からボクは自由と活躍を渇望していた。チート能力を女神さまから賜って、その欲求は不足なく満たされると思っていた。今ではそんなことは到底かなうことなく、一役所で大量の書類に忙殺されクレーマーと呼ぶことさえできない、人道という概念のひとかけらも理解できていない化け物どもに銃殺される毎日。勇者という名ばかりの英雄となり、各国の首脳から首輪をつけられてたいして面白くもない、前世よりも縛り付けられた人生を生きている。

 ボクの生活には生命にとって欠かせない、うるおいというものが完全にかけていた。

 だからこそ、特に召喚士とのかかわりは人間性を保つために欠かせなかった。


「やぁ、お久しぶり」

 彼は都会生まれで修道院に収容されていた聖女には好まれない野性迸る容姿をしていた。ふとすれば野人という言葉で一まとめにされてしまいそうなほどに文明の香りが感じられない姿である。その住まいも到底まともな文明人のものとは思えない。

 しかし彼は決して文明の外に生まれた野人というわけではない。


「やあ勇者、今回はずいぶんとまた期間が空いたな」

「近頃は一段と忙しくてね。例の連中が暴れ続けていてさ」

 彼は獣とともに生きている。彼の家とも呼べない何かに入るとそこには野獣のような体つきの召喚士と、つやつや輝く、ふさふさの毛をしたたぬきのような生き物が寝転がっていた。

 彼がこのような家に住み着いているのは、彼と仲の良いこの生き物のためだった。

 そしてまた、ボクが彼のもとに訪れるのもこの生き物のためだった。


「きみも、久しぶりだね」

 召喚士はボクのことを苦しめるような人間ではない。間髪なくやってくる責任重大な仕事の数々をこなす中、彼は直接ボクの手助けをしてくれるわけではない。もちろん彼は魔王と戦う中でボクなんかよりもよほど貢献した人間で、途方もない力を持っている人だけれど、倫理が壊滅しているわけではない。こうやって精神的に疲労しているボクにアニマルセラピーを受けさせてくれるほどには善良な人だ。


「ふかふかだね、きみは」

 ふかふかなものをこんなにも触りまくれるのはいったいいつぶりだったか。近頃はずっと勇者庁の狭い執務室に安い毛布を敷いて寝起きしていて、たぬきのふかふかな感覚はボクの中にかつて存在した暖かく、やわらかな寝床の記憶を呼び起こさせる。忘れてはいけない人間としての幸福を思い出させてくれる。


「やっぱり、かわいらしいね」

 こんなにも可愛らしく純粋なものとふれあうのはいったいいつぶりだったか。近頃はずっと勇者庁の陰鬱な執務室の机の上で、羊皮紙の上に羅列された陳述書や計画書や聖書や召集令状や役人の志望動機書や……とにかく文字を見つめるか、悍ましい錬金術師と科学者の顔を見るか、陰湿な聖女の顔を見るか、いつも蒼白な顔をしている部下たちの顔を見つめることしかしていない。ぬいぐるみとかは家にそろえてあったはずだけれど、少し前に建てた我が家はもう数か月は足を踏み入れていない。


「暖かいね、きみは」

 こんなにも暖かいものにふれるのはいったいいつぶりだったか。

 ……考えるのは、もうやめにしよう。


 気づけば結構な時間がたっていた。

「そろそろ行かなきゃ、今日はありがとう」

「あぁ、またなんかあったら好きに来てくれ」

 近頃は精神が壊れてきていることを自覚してきた。


 □


 最後のボクの仲間である魔導士は、比較的まともな人である。常識は弁えているし少なくとも京都人のような皮肉であったり、年下から大金を巻き上げようとする汚らしい聖職者とは違って良識を持ち合わせている。彼女はボクたちの中で一番の年上ということもあり包容力もかなりある。そのうえすごく優しい。

 ただ彼女の場合はなにを考えてるのかよくわからないという問題点もあった。時々わけのわからない突飛なことをするし、自由過ぎて定住していないから連絡があまりにも取りづらい。

 けれど今日は彼女を見つけた。


「ねぇ、教えてよ。まだボクは勇者でいなきゃならないの?」

「……残念ながら、そうね」

 魔王討伐時での彼女の役割は魔導士であったけれど、もともと彼女は予言者をやっていたらしい。教会が認めていない占星術を使用する魔女の一人だった。そして彼女の予言こそがボクがいまだに勇者庁の首長をやっている最大の原因でもあった。


「けれど状況は刻一刻と好転しているわ。昔は百回試せば百回世界が滅びていたけれど、今では九十回世界が滅びて、十回この大陸が滅ぶだけで済むようになっているの」

 彼女はかつてボクや世界政府相手に世界滅亡の予言を手渡した。

『錬金術師と科学者の暴走が人間には手のつけようのない技術を生み出し、兵器を生み出し、悍ましい戦争を生み出す。そして世界は崩壊してしまう』

 彼女の言葉によって勇者庁は生まれた。ボクの苦しみも始まった。


「…………いや、好転するだけましと考えるべきだね」

 一日だけの休暇が終わればまた忙殺の日々が始まる。

 低いテンションをどうにかして上げなければならない。


「ボクは近頃、生きている実感がないんだよ」

 異世界転生が決まった時、下心ばかりがあって、チート能力やTSをお願いした。

 でも今では性欲さえ湧かないほどに疲労困憊。

 異世界でもブラック労働なんて、世知辛いにもほどがあると思う。


 その日は大量のお酒を飲んで、半ばキマった幸福な状態のまま一日を終えた。

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