1.度し難い仲間たち

 勇者という地位は本来ならば魔王討伐が終われば消えるものだった。つまりボクは一か月未満だけの勇者だったわけである。しかし魔王討伐後、ボクは各国の首長に呼び止められた。

 理由は簡単だった。ボクと聖女を除いた英雄たちに世界を破壊させないため、である。

 名目上勇者パーティーとやらをけん引する勇者のボクは、名目上彼らに対しての指揮権を持っていた。勇者パーティーが解散されるまで、彼らの行動は一応ボクにゆだねられていた。もちろんそんなことはなかったのだけれど、伝説の魔王を一時間足らずで殺した英雄達の力が自らに及ぶのではないかと恐れる彼らは、彼らの手綱を握るべきだと考えた。

 彼らは一度世界政府を樹立した後、英雄たちを管理するため勇者庁を設立した。英雄たちの行動は勇者庁によって制限され、勇者庁の決定によって行われると、彼らは決定した。その初代首長にボクを据えて、魔王出現後の世界行政を円滑に進めようとした。

 つまり今のボクは勇者という官職に就いているわけである。ロマンなどかけらもない。

 それに、この職はあまりに胃が痛いのである。


「ねぇ、勇者ちゃん、きみはおつむが小さいけれど、この研究の意義くらいは理解できると思ったのだけれど、間違っていたみたいだね」

「お前は所詮剣を振るうだけの脳みそしかないものな」

 錬金術師と科学者は、自分たちの興味があることばかりを自分勝手に進めたがる。明らかに発明してはならないとわかるものですら、この二人は発明しようとする。そのうえこの二人はボクが研究案などを突っぱねるとき、とんでもなく口が悪くなる。そのうえボクを確実に殺しうる武器で以てボクを脅し始める。というか実際に殺してきたりする。


「魔王討伐で何もしていなかったお前に、なぜ俺が邪魔されなければならないのか」

 拳銃のようなものを額に当ててくる科学者など、ほとんど理性が失われている。今までに何十回もこういう風に殺されてきたし、そのたびになぜか聖女はボクに説教をしてくる。毎度毎度「勇者さんの代わりに、二人が頑張ってくれたんですから、それくらい認めてあげたらいいじゃないですか」と。それも面倒くさそうに。

 死霊術よりもよほど恐ろしいことを平然とやっていた人間が、ボクひとりの生き返らせることに面倒さなど感じるはずもないのに、そんなことをするのである。


「なぁ、いつもボクは言ってるだろ。ボク個人としてはキミらが何しようたって構いやしないんだよ。ボクはおいしいご飯を食べて、きれいな場所をめぐって、遊べればいいんだから。でもボクはこんな仕事を押し付けられたんだから、こう言うしかないんだよ。分かれよ馬鹿ど――」

 爆発音。

 そしてボクは今日も死ぬ。


 □


 聖女はあまり優しくない。顔のイイ科学者や錬金術師に対してはあまったるい声を出し、聖職者のくせに妖艶なしぐさをし始め異様なほどの献身性を見せる。一方でむさくるしい――というかほとんど野獣みたいな――召喚士に対しては冷めた態度をとっているし、女である魔導士に対して露骨でないにしても雑な扱いをしていて、ぼくに関しては完全になめた態度をとってくる。

 女の醜さを煮詰めたような存在であるけれど科学者や錬金術師、魔導士のような気狂いどもの相手をさせられている以上、聖女の気分を害するのは全く持って得策ではない。そんな選択は単に己の生命を捨てる以外の効用を持ちえない。それがイカれ野郎どもと同じくらい憎らしい輩だろうと、阿ること以外の選択肢はない。


「勇者さん、いい加減学んだらどうですか。あなたは弱いんです。正直勇者さんはわたしでもどうにかできてしまいそうなくらいひ弱です。抵抗なんてしなければいいんですよ」

 生き返らせてもらって、そこら辺の店の食べ物をおごる。そしてその間にオブラートに包まれた罵倒と、説教のふりをした罵倒を受け取る。言葉にしてみれば、なんと悲しいルーティンだろう。おしゃれでもなければ健全でもなく、嬉しくもない。

 聖女は面はいいし、一見すればデートのように思われるけれど、高い食べ物を次々と頼んでいく様を見ているとそんな気分も一瞬にして消える。


「じゃあ抵抗しないよ、いいのかい。言っちゃ悪いけどボクはそんなに性格良くないし、責任感なんてどうでもいいからね。世界が滅んだってボクにゃ関係ないもの」

「いけませんよ、責任を放棄するのは。第一勇者さんはお給料をもらっているんでしょう」

 じゃあどうすればいいのか。根本的なことについて聖女は碌に頭を回してくれない。適当に口先三寸の言葉を弄んでボクのことを単に馬鹿にしようとしているのだと思う。


「……じゃあキミがやれよ。キミが愛してやまない科学者とか錬金術師に毎日会えるじゃない。責任放棄云々言ってるけど、キミの言葉通りボクは弱いからね。キミだけならどうにでもできる自信はあるけどさ」

「ふふふ、面白い冗談ですね。わたしはあの二人を特別愛しているわけではありませんよ」

 近頃こいつのせいで女というものに恐怖心を抱くようになった。


「それと、わたしからも一つ、勇者さんに渡しておかないといけないものがありまして」

 そして皆々方に伝えておかなければいけないのは、たちの悪さという点で聖女という人間は決してあの野蛮な研究者二人組にも劣らないことである。この女はボクを殺してきたりはしない。それどころかボクを生き返らせてくれる人である。一人間として、一生命として彼女はボクにとって利になる人である。しかし、一役人として彼女は奴らよりも面倒くさい人なのである。


「かつての魔王城後に大聖堂を建設しようと教皇猊下がおっしゃっていまして」

 ボクが押し付けられた勇者庁は魔王に対して人類の結束を示す世界政府という組織の下部組織にあたる。世界政府は人類が魔王に負けぬよう各国間での制限のない相互同盟であり、戦略物資、支援物資、一足、技術供与などを行っていた、各国政府の連合体のようなものである。今でもその連合体は存在しており、影響力はいまだ衰えず存在している。


「わたしもその案に賛同しているんです」

 世界政府がいまだ残る理由には、魔王による災害によって甚大な被害を負った地域に対する復興、戦争回避、国交の場としての役割など様々存在している。


「かつて人類を滅ぼしかけた悪の権化の地に、神の権威が降り注ぐ」

 しかし世界政府の最大の理由は教会勢力による国政干渉を減らす、というものだ。


「なんて感動的なのでしょう」

 魔王が復活するまで、各国では教会勢力の伸長に悩まされていたらしい。すべての政策には教会の力が影響し、国によれば貴族よりも強い権力を持っていたらしい。……正直そのあたりの話はぼくには難しくあまり正確には理解していない。


「ですからこの素晴らしい案を勇者さんにも知ってもらいたくて」

 けれど簡潔にまとめるとするならば、世界政府は教会勢力と敵対している。明確に殴り合いをしているわけではないけれど、教会の権威を何とか崩そうとしている現状がある。


「ぜひともこちらを熟読していただきたいと思っています」

 外局である勇者庁の第一の目的が化け物どもの手綱を握ることであれば、本家本元の世界政府の第一の目的は教会の権威を叩き落とすこと。


「まぁ、受け取ることくらいはするさ」

「ぜひとも、一読してから、お願いいたしますね」

 ボクは世界政府の一職員でしかない。彼女の言葉を勝手に承諾する権限はないし、たいてい彼女の提案が受け入れられることはない。そんなことはボクも、そして聖女もわかりきっているだろうに、延々このようなやり取りは続く。

 しかも彼女は嫌がらせのように提案の一読を命令する。おかげで宗教なんて碌に知らなかったボクは、聖書を一言一句暗唱できるようになってしまった。


「では、勇者さん、ごきげんよう」

 そう言って彼女は去った。


「……くそが」

 目を見張るほどの伝票と、数十数百枚の紙束だけが残った。

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