勇者ボク、出番なし!

酸味

序幕

 ボクは異世界からの転生者だった。

 ボクは女神さまから直々にチート能力を賜った転生者だった。


「エクスプロージョン!」


 ボクは古代の勇者の血を繋ぐ選ばれた人間の一人だった。

 地球の様々な文物の知識を持っていた人間だった。

 今までボクはこの世界で最も力の強い英雄になれると思っていた。


「リザレクション!」


 この世界に生まれてこの方、苦労したことはなかった。英雄の血を引いていて、決して貴族の家に生まれたわけではなかったけれど生活に苦しむことはなかった。そもそも地球では小学生と言えるほどの年齢で、ボクは魔物たちを狩りまくりお金を稼いでて、前世とは比べ物にならないほどに豪遊していた。

 次第に背が伸び髪が伸び、体つきも女性的になっていった頃には空前絶後の冒険者として名をはせていた。その頃にはもう家を出ている時間が多くなり、世界中をめぐっていた。色鮮やかな異世界を、かかってくるものは切り捨て、面白そうなものは全てたしなみ、おいしそうなものは食べつくした。世界はボクのためにあるのかと思われた。


「熾天使召喚!」


 そして一か月前、千年ぶりに魔王が誕生したととある国の王様に言われた。酒池肉林、満漢全席の宴を開きまくっていたボクに、一国の王が頭をかしずくというのはすごく心地の良いものだったと覚えている。

 半月前、そうしてボクは勇者に選ばれた。名の知れた人間であったし、めちゃくちゃをしていたけれど、人格が壊滅的に破綻しているわけではないという理由で勇者になった。


 ――十日前、すべての歯車が狂った。


「いけ、デストロイヤー!」


 魔王を倒すために集められた六人。


 勇者ボク

 魔導士カルメン

 聖女アンダルシア

 召喚士アガムメノン

 錬金術師ファウスト

 科学者アストラル


「皆、耳をふさげ!」


 彼らはボクの心を木っ端みじんに粉砕した。


「発射!」


 魔導士は一つの掛け声で一つの国を埋め尽くしていた大量のゾンビを一瞬にして消し飛ばした。国土は燃え盛り魔王が支配した領土が天国に思われるほど凄惨な光景を生み出した。魔導士は魔法の概念を根底から覆した。

 聖女は一つの掛け声で、五万の死体を生き返らせた。リザレクションという到底見ることの叶わない神秘魔法が、もはや悍ましい何かのように思われるほどだった。世界的に禁忌とされる飼料術よりもおぞましい光景が広がっていた。彼ら五万の精兵たちは死んだ途端によみがえり、一歩を踏んで死亡して、次の瞬間には生き返り一歩を進んで、また死んでいく。聖女は生命の概念を根底から覆した。

 召喚士は一つの掛け声で神を呼び出した。ボクがかつてに見た女神よりも途方もなく格の高い神が戦場に降臨し、魔導士が焼き尽くした大地を、魔物によって汚染された大地を、聖女によって狂ってしまった人間性を復活させた。召喚士の一挙手一投足にその神は従い戦線は勢いよく変動していった。召喚士は神聖の概念を根底から覆した。

 錬金術師は一歩進めば一国を跨ぐほど巨大な機械を作り上げた。デストロイヤーという名前のそれは全てを薙ぎ払っていく。人間の兵士も、人間が作り上げた建築物も、魔物も、何もかも一まとめにつぶしていく。薙いで行く。地ならしが数多くの王城を、貴族屋敷を、富豪の邸宅を崩していった。錬金術師は兵器の概念を根底から覆した。


「第二射、用意!」


 科学者は全てを根底から覆した。


「発射!」

 デストロイヤーが抱える兵器、レールガンが魔王城を貫いた。まばゆい光線が幾多もの山を貫き谷を越え、魔物たちを消し飛ばし、やがてもう一発の光線が魔王城を貫いた。


「とどめだ、放て!」

 デストロイヤーの背中からミサイルが飛んでいく。

 数秒後、爆風が世界をかけていった。空は赤く包まれ、遠く大洋の向こうに大きな雲が生まれた。それはまさしくきのこ雲。核兵器。


「皆さま! 魔王は討たれましたわ!」

 魔導士の声が戦場に響いた。


「あとは残党狩りだ!」

 錬金術師はそういうと、デストロイヤーを動かした。


 魔王討伐が始まって三十分。魔王は死んだのだ。


「爆撃機隊は順次各大陸の占領地に迎え!」


 ボクはただ突っ立っていることしかできなかった。

 その二日後、魔物がこの世から滅亡したと聞いた。


 ボクはただその光景を見ていることしかできなかった。

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