7話目 逃走
───はっ、はっ
静かな薄暗い道に、俺の息の音だけが響く。
もうすぐだ。もうすぐで家に着く……!
曲がり角を曲がる。
景色が変わっていた。
俺は、呆然として立ち尽くした。
家が建っていた場所に、大量の板が散らばっている。板と板の間から、ガラスのようなものの破片や服らしき布がのぞいている。
「─────い、えが……」
俺の小さな声は、すぐに空気に飲み込まれて消えた。
大量の板というのは、間違いなく家の壁となっていた板だった。水道管が壊れて水が漏れ出ていたり破れた本やノートが散らばっていたり────俺の居場所は、地獄絵図となっていた。
体中の力が抜け、へなへなとしゃがみ込む。
なんで国王はここまでして俺を追い詰めたいんだろう。ここまでくると憎しみより疑問の方が勝った。
気がつくと、頬に温かい雫が何度も何度も流れていた。
そのまま俺はうつむき、声を殺して目から溢れ出る水を流し続けた。
数分経って、少し落ち着いてきた。
これからのことを考えてみる。
俺、国王に恨まれることなんてしたっけか?殺されるほどのことなんてしてないと思うんだけど……答えにたどり着きそうにもないな。なんで国王に追われているかは置いといて、これからどこで生活すればいい?この国はもう危険だ。国を出て父様みたいに優しい人にまた出会う、なんてことはほぼないだろう。
とにかく、早めに国を出たほうがいいな。これ以上ここにいても命の危機に晒され続けるだけだろう。いや、国外でも同じかもしれないけど。
そこで、父様のことを思い出した。
急に心臓がうるさく音を立てはじめた。悲惨な姿になった家を見たときくらいに。汗がにじみ出てくる。
父様は生きている。あんなに元気な人なんだ。きっとどこかに逃げ延びて生活できているはず。
そう自分に言い聞かせ、なんとか心を落ち着ける。自分のことに余裕ができたら、父様を探しに行こう。そう決意した。
その時、地面に散らばっていた鏡の破片が俺の首筋を写した。首筋にあった痣がいつの間にか「XXIII(23)」と変化していた。
ゲームで例えるとしたら、「レベルアップ」というやつだろうか。なんかゲームの世界に来たみたいだな。
「もう、ここ出るか。」
そうつぶやいて、俺は立ち上がった。
「レファレイさん!」
ん?今ティア様っぽい声が聞こえたんだけど…気のせいかな。
何もなかったように歩き出す。
直後、ぽんっと肩に熱をもった何かがのった。
「レファレイさん!」
振り返るとティア様が肩で息をしながら、俺を見つめていた。どうやら肩にのっていたものはティア様の手だったようだ。
手が離れる。肩にティア様の体温が残る。
「ティア様。なんでここに。」
涙の跡を隠すように俺は手でごしごしと目をこすった。
「昨日はごめんなさい。あのあと数時間後に目覚めたんです。そこで、昨日のことを謝ろうと思って、あの公園に行ったんです。そしたらウィルが雇っていた傭兵たちがいて、話を聞いてみたんですよ。それで────」
言葉を止め、気まずそうに目を伏せたティア様。俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「そういえば、ティア様、俺に会いに来るのって、国王に止められなかったんですか?」
命を狙っている奴に、自分の娘を会わせたくはないだろう。それよりか、家(城)から出させたくないだろう。
「止められました。「ティアが昨日書庫に連れていった男は今後私達に悪影響をもたらす奴なんだ。そいつを始末できるまで家(城)にいてくれ」って。」
呆れたようにため息をつくティア様。
俺の顔が引きつった。国王の印象が俺の中でヤバい奴、と認定された。前からそうは思っていたけど。
ティア様がそのまま言葉を続けた。
「で、レファレイさんのことが心配になったので、「縁を切ってくる」と言ったんです。しぶしぶうなずいてくれました。」
悪そうな笑みで言ったティア様。その笑みから、「嘘をついたんだな」と分かったが───
「ほ、本当に縁を切りに来たんですか?」
一応、確認する。
「そんなわけないじゃないですか!あと、護衛が近くにいるので、小声でお願いします。」
俺はあわてて手で口を覆う。
その仕草がおかしかったのか、クスリ、とティア様が笑った。
「なんで笑うんですか!」と言おうと思ったとき。
「ティア様。これは一体どういうことでしょう?」
聞き覚えのある声が真横から聞こえた。
考えるよりも体が先に動いていた。声のしたところからティア様の手を取って離れる。
幸いなことに、家の水道管が壊れて水が漏れ出ていたので、その水を引き寄せる。
「ウィル…なんでここに?」
ティア様の強張った声。ウィル、か。道理で体験したことある殺意だな、と思ったわけだ。
「国王の命令です。ティア様を連れ戻せと。」
あいつ、国王のことどんだけ大好きなんだよ。従いすぎだろ。俺の顔も強張る。
ティア様もウィルのグル───なんて言葉がふと頭によぎった。が、ティア様の瞳がその考えを否定した。「私はあなたの味方だよ」と言っているような気がした。
「レファレイさん。逃げましょう。」
「へ」
何を言われたのかいまいち理解ができなくて間抜けな声が出る。
「ウィルの全身に水をかけて!」
「は、はいっ!」
バシャアッと水をかける。
ウィルが心底嫌そうな顔でびしょ濡れになった自分の体を見つめている。
俺、今なにしてるんだろう?そんなことを考えようとした瞬間、ティア様が俺の腕を掴んで走り出した。
「ウィルって濡れるの嫌いなんですよ。昔プールで溺れたことがあるらしくて。」
走りながら真顔で他人の黒歴史を暴露するティア様。
あんな機械みたいな奴にも、人間らしさってあったんだな。
そうして俺はティア様に連れられ、無心でしばらく走り続けていた。
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