アイツを遊ばせとくのはもったいない!


 体育系エリアの一角に常設された全長1000mほどのアスファルトのコースには、爆音とガソリンの匂いと、ゴムの焼ける匂いが充満していた。

 ――なんてことはない。ゴムの匂いはともかく、爆音とガソリンは今時流行らない。カートもミニモトも、今では電動EVが当たり前。eフューエルなんて使えるのは、本当にトップクラスの一握りだけである。

「あ、ロボ研の! なあ頼むよ、アイツら兼部でもいい、ウチモータースポーツ部に入るように説得してくれよ~」

 ここでも吾輩たちは、部員たちの熱烈な歓迎を受けてしまった。というのは……、

「アイツらの才能をeスポーツで終わらせるのはホントもったいない! 限Aライセンスだって取れるのに!」

 うちのマスターも、そして意外なことに会長殿も、レースゲームをめっぽう得意にしているのだ。とくに会長殿の実力は世界レベルだとか。

 さらにレースゲーム――いわゆる”eモータースポーツ“の特殊なのは、それが単なるゲームにとどまらず、現実リアルのモータースポーツにほぼ直接つながっているというところだ。eモータースポーツの経歴キャリアを経て現実リアルモータースポーツにステップアップする例はもはや定石化しているし、逆に現実リアルモータースポーツを引退リタイアしたベテランがeモータースポーツに余生の場を求める例も増えた。

「マスターは『エンジン音がないとどうも気合がノラない』って言ってますよ。それにコース上での速さはともかく、レース戦略とかはちょっと苦手ですし」

「はじめはバカっ速いだけでいいんだよ! 戦略は後からいくらでも勉強できる! ぜひともカートを」

 モータースポーツ部員がアツい口調で勧誘していると、横からさらに別の部員が首を突っ込んできた。

「いやいや、アイツら四輪に渡すのはもったいない! ここは俺たち二輪部門に」

 はあ、こちらはバイクの人達ですか。超マンモス校のうちでも、さすがに四輪と二輪を別の部に分ける余裕はないらしい。レースを目的としない、ゆるふわ系の「バイク部」なら別にあるんだけど。

 とまあ、今さらだがお二人はバイクゲームも得意である。こちらではマスターのほうが少し会長殿より上らしい。

「マスターは『モーター付いてるバイクって、どうもボクの中では中途ハンパ』って言ってます」

「どうしてもダメかな。そっか、アイツMTBマウンテンバイク部に行っちゃうかあ」

 MTB部に入る予定も今のところないのだけれど……とにかく引き下がっていただけたようなので、吾輩はこれ以上ツッコまないことにした。

「じゃあトオルだけでもなんとかならん? 一人でも入ってくれれば、ウチの戦力も相当上がるんだけど」

「どうでしょうかね? 吾輩の責任外になりますが、会長殿に現実リアルのレースっていうのは、どうもタブーなようでして」

 いつだったかこの話題を振ってみた時、会長殿はどこか寂しそうな横顔を見せたことがある。それを踏まえて、吾輩は釘を刺しておくことにした。


「なんかなし崩しに勧誘されちゃったけど……モータースポーツ部にもいなかったじゃない、トイトイ殿」

 後ろ髪を引っ張る部員たちに別れを告げてサーキットを辞したあと。吾輩はこの間やけにおとなしかったパイリァンに恨みの視線を向けた。

「入れ替わりになっちゃったかな」

 肩の上で小首をかしげる彼女。ゆるやかにウェーブのかかった髪の毛が、吾輩の耳をなでた。ちょっとくすぐったい。

「もうしかたない。マスターに聞いてみよう。……<GPS>……」

 吾輩を始め、ロボには自分のマスターの位置を把握するためのGPS機能が付いている。パイリァンもさっきからそうしているはずなのだが、どうも調子がよろしくないようだ。

「うん。一輪車部にいるね」

<追跡>を終えた吾輩に、パイリァンはちょっと残念そうな顔を向けた。

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