第20話 覚悟は良いな?

 俺は走っている。


 眼前の敵は屠り、すれ違いざまには撫で斬る。何の変哲もない槍だが、殺傷圏内に入った者は無事では帰さない。


「怯むな、迎え撃て!」

 小隊指揮官が声を張り上げているが、どうにも部下たちは戦意喪失しているらしいぞ。それにお前は目立ちすぎだ。


 羽飾騎士フサリア—―というのだろうか。背中に鳥のように羽をつけた騎士が叫んでいる。

 叱咤激励、戦意高揚、死守貫徹。

 ならばお前が先に模範を示すがいい。


「た、たいちょ――」

「な、何っ!?」


 俺は槍を投擲し、鳥人間気取りの騎士様を馬上から叩き落す。主の重みが消えた馬は走り逃げ、跡には地に縫い留められた戦死者が一名だけ残った。


「も、もうだめだ……隊長がやられた!」

「逃げろ、アイツは悪魔だ! 魔族が本物の悪魔を呼びやがったんだ!」


 戦争に出ている諸兄の言いたいことは分かる。

 どこに槍を投げた後に、その槍に追いつき、相手を串刺しにしてすぐに槍を引き抜く人間がいるというのか。

 

 そして計画の第一弾は成功した。

 最前線の指揮官を撃破し、兵士たちに恐怖を刻む。恐慌状態に陥った場合、即座に安全な場所へと逃亡を図るだろう。


 このまま逃げ散る敗残兵を盾に、敵本陣にいるチンピラまで疾駆する。

 そう、追い立ててることが肝心だ。


 案の定、相手の魔砲はあちらこちらに着弾し、味方を巻き添えにして順調に数を減らしてくれている。

 ヤクや殺人を嗜んでいた者だ、個人での戦闘には自信があるのだろう。だがこれは集団戦だ。戦域を支配したものが勝利を掴む。


「びゃぶっ」

「ひょげっ」


 すぐ目の前の兵士たちが爆散した。手足や臓物、糞尿の雨を避け、見通しの良くなった戦場を睥睨する。

 もはや走るまでもない。無様に剣を振るっている魔砲使いが、そこに一人だけ。


「よう、素人」

「てめえっ! 何だってんだよ、その速さはよ! 聞いてねえ、聞いてねえぞこんなの。俺は魔族とかいうアホ共を好きなだけ殺せるからここに来たんだ。てめえが居るなんて聞いてねえんだぞ!!」


 どういう理屈で喋っているのかがわからない。

 俺は確かに普通の人間とは異なった産まれであり、育ちであり、能力を持つ。

 が、人間の善性や欠点、迷いや悩みすらも有難い恩寵だと思ってきた。


 だから、目の前の男が何を言っているのか、さっぱりわからない。


「てめえのせいだぞ! なんで大人しく俺のオモチャにならねえんだよ! そんなクソチートなんぞもらいやがって、不公平だ! この卑怯者がよっ」

「与えられた力だけで、今貴様の前に立っているとでも思っているのか。俺が今までなんの努力もせず、欲望に身を任せて生きてきたと信じているのか」


「それ以外に何があるってんだよ。ははん、わかったぜ。てめえも人殺しをしたかったんだろ。だから分け前が減ると考えて魔族の方に行ったんだな。そういうことなら早く言えよ、同胞。俺はスパイクってんだ」


 虫唾が走る。

 同胞、か。良い言葉だ。

 確かにこの世界では、俺とこのクズとは同じ世界の生まれであり、一番身内に近い存在だろう。

 決定的に思考と志向、そして嗜好が違う。試行回数も、至高を求める姿も段違いだ。


「俺と組んで全部ブチ殺してやろうぜ、


「—―貴様にはつくづく失望した。同じ地球出身であるのが恥ずかしい。その借り物の力を振りかざせば、すべてが思い通りになると信じている増上慢、その目は一体どこを見ているのか」


「何を意味わかんねえこと抜かしてんだ? 力を持ってるやつが好きにするのが道理ってやつじゃねえかよ。はいはい、そんな正義マンにならなくていいっつの。ああ、へいへい、こりゃ白けるわ」


 この男と会話を続ける意義を、俺は見い出せない。

 強者がほしいままにする世界は、きっと野蛮で悲しいに違いない。


「利口ぶるんじゃねーっての。へ、てめえは面白くねえやつだったな。俺はもうここの場所は飽きた。じゃあな、追ってくんじゃねえぞ」


 踵を返して、チンピラ男—―スパイクとか言ったな。

 散々命を奪い、土地を破壊し、願いを蔑ろにした男よ。


 貴様、無事で帰れると思うなよ。


術理展開メソッド—―風破弾エアッドシェル。セカンダリフォルダからプライマリフォルダヘ、Run」

 起動するは破壊の風塊三十二個。


「はーっ、めんどくせえな。俺はもうやる気ねえんだけど? 無抵抗の相手を殺しちゃうんですかぁー? 良い子ちゃんは大人しく城に引き籠ってオナニーでもしてろ」


 訂正しよう、四十八個だ。


「何イキってんだよ。やめやめ、俺はやらねえつってんだろ! 空気読めよな。お前もしかして童貞か? その辺の死体と一発ヤって、スッキリしてこいよ。ガキには大人の話が難しくて理解できねえしな」


「そうだな。俺もどうかしていた」

 展開していた風破弾を一時的にプライマリフォルダに格納する。

 確かに、言われた通りだ。俺はまだ子供だし、全てを理解することは出来ない。

 

「へっ、物分かりいいじゃねえかインポ野郎。じゃあな、死体とのファックを楽しみな」


「まったくもって、どうかしていた。俺が間違っていたよ」


 眼前にいるのはヒトではない。

 ただ言葉を共有しているだけの、それだけの存在だ。


 剣を放り投げ、背を向けて歩いていくモノに、俺が殺意なんてものを起こすのが間違っていた。

――これは駆除だ。斯様な生命体が跋扈している状況そのものが、人類や魔族に対する冒涜だ。


「ああ、じゃあなスパイク」

 自分でも何度術理展開していたのだろう。プライマリフォルダに入っている風破弾は、その数三十万余に膨れ上がっていた。


「プライマリフォルダ開放。術理展開メソッド—―風破弾エアッドシェル形式変化コンパイル。多重術式『烈風竜王イルルヤンカシュ』発動」


 風の流れは暴威となり、周囲の酸素を奪いながら一つの光へと収束していく。


「てめっ、俺はもうやらねえって言っただろ! 背後から撃つとか、それでも人間かよ! ああクソ、やべえやべえやべえ……あんなもん命中したら……」


 渦巻き、立ち昇り、顎を開く。風精よ、演舞の時間だ。

 城砦よりも大きく育ったこの邪竜を、どう捌くのか実に興味深い。大言壮語の極みだったのだから、年上の威厳を見せてほしいものだ。


「薙ぎ払え、烈風竜王イルルヤンカシュ! 欠片も残すな!」


 これがお前の末路だ、スパイク。

――Run!

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