第19話 いつまでも余裕こいてんじゃねえぞ
ガイアス城砦に立て籠もる兵はおよそ三個中隊。人数にして六百名ほどだ。
対して攻め寄せるは人間軍の攻城と歩兵が合わせて二個大隊。千二百名になる。
地球の常識で言えば割と小規模な戦いになるだろう。
そも、籠城する城砦を落とすには、その三倍の兵力を必要とするのが定石だ。
数の差だけで言えば、まったく不利というわけではない。
弓兵が伏せている城砦の一部が、派手に吹き飛んだ。
どうやら例の『神界の召喚者—―木偶』が混じっているらしい。
召喚時に出会ったメンツを思い出し、ゲロ吐きそうになる。
一人はドチンピラ。麻薬と殺人衝動だけが生きる動機であり、他人の権利なぞ眼中にないタイプだ。まったくもって度し難い。
二人目は恐らく暗殺者だろう。口を開きはしなかったが、纏う殺気は一定の水準に達していたとは思う。俺の先生の足元にも及ばないが、三流くらいは名乗れるだろう。
三人目はそれと見てわかる、春売りだ。きつめの香水と昏い瞳、明日を諦めたような青白い顔。一瞬の邂逅だったが、恐らく何がしかの病気を患っている。
最後の四人目は死臭漂う異常者か。ヒトを値踏み……というよりは、食欲の伴う視線を投げかけてきていた。カニバリズムと言われれば納得がいく気配だった。
さて、どのクズが俺の前に立っているのか。
できうるならば、まとめて処理をしたいところだが、気配から察するにガイアスに来ているのは暴力に酔っていたチンピラ野郎だろう。
「敵の攻撃が苛烈すぎます。ザクセン将軍、ご指示を!」
「持ち場を堅守せよ。敵の破城槌の接近を許してはならん! 中庭に遠投投石機を組み上げ、敵陣に雹を降らせよ!」
持ち場の堅守ってのは、つまり死ねということだろう。
後続のお嬢さんたちは、この堅守の意味が通じるのだろうか。手足をなくしても噛みついて戦えと言うのは過酷なのかもしれん。
「人間、貴様は必勝の策を持ってきたと聞いている。今すぐに披露できるのか?」
「そうだな、俺がここに来た時点で半分は完了している。ああ、これは『フレリア様からの命令』なのだが、俺が出撃して三十分経過したら、裏門と正面門を開け放ってくれ。必要な措置だ」
「何を馬鹿な……敵兵が雪崩れ込んで来るぞ。数で劣る我々は殲滅されてしまう」
「策のうちだ。どうせあのイカレ野郎を倒せないのであれば、籠城なんぞ無意味だ。このままだと全将兵が死ぬぞ」
俺がやろうとしてるのは、単純明快。一心不乱の突撃だ。
だが仕掛けを御覧じろ。あとはヘンリエッタ・ザクセンが命令通りに実行してくれるかどうかによる。
「—―我らはフレリア様を信じる。開門の件は承知した、存分に武威を振るってくるがいい」
「了解だ、将軍閣下。貴女は勇気と決断力がある。死ぬなよ」
「ほざけ、人間」
無言で拳をぶつけ合うと、俺は城壁の上へと昇る。途中で槍を一本拝借し、そのまま広がる敵軍を見下ろす。
「砲撃魔法……か。あのチンピラ野郎、めんどくせえことしやがる。だが、所詮はあの程度、か」
城壁や弓兵を破壊することはできても、俺を止められるかな?
「じゃあ、行ってくる」
見送るヘンリエッタに親指を立て、俺は城門の向こうへとダイブした。
――
「しゃらあああああああっ!! ケッヒッヒ、なんだなんだこのクソ雑魚どもはよぅ。魔族とか抜かしてたが、てんで相手になりゃしねえ」
赤く染めた長髪の男、リオンがチンピラと呼ぶ者の名はスパイク・ヴェンダースという。
痩身、細身だが筋肉は締まっている。いたるところに開けたピアスが痛々しい。
「ん、なんか飛び降りやがったな。ばぁぁか、自殺すんならヨソでやれっつの。おい、剣の代わりをよこせ。あの落っこちた馬鹿野郎をミンチにしてやるからよぅ」
「戦士スパイク、無駄に物資は消耗できません。貴方の魔砲剣は一度の射出で武器が破壊されるのです。城壁上にいる敵兵の掃討に専念してくだ――」
諫めた兵士の背中から、にょっきりと剣が生える。
「やかましいっつってんだよ、クソボケ。俺がよこせつったらよこしやがれ、ド無能が。おいそこの、早く剣を持ってこい!」
パートナーである兵士を刺殺したスパイクは、近くにいた若い兵士に怒鳴りつけた。
「剣だ。剣さえあれば俺ぁ無敵なんだよ。おら、とっとと持ってこい!」
指名された兵士は震えながらも、スパイクに剣を渡す。
「んんんんん~♪ みなぎるぅ。行くぞゲロカスども、人間様の恐ろしさを刻んで、臓物ぶちまけて死ねやっ!」
狙いは一直線に、城壁下に落ちた者の方向へ。
スパイク・ヴェンダースの能力は『
指向性があり、狙撃することも可能だ。
やがて城壁付近で爆風がたなびく。
「お、ぐっちゃぐちゃになったか? 誰も俺様から逃げられねえんだよなぁ」
壊れた剣に頬ずりをして、至福の表情を浮かべる。スパイクはこのような圧倒的な暴力をこそ望んでいたからだ。
「て、敵襲! 敵襲!」
「あん、なんだぁ?」
吹き飛ばしたはずのモノ。巻きあがる砂塵の中から、猛進してくる影が一つ。
「あいつ、あの野郎、あの玉無しのガキじゃねえか。いいだろう、俺様がトマトみてえにぶっ潰してやるよ」
前線の破城槌は既に喪失したようだ。一直線にスパイクに向かうリオンに、これ以上ない純粋な殺意を向けた。
――
初撃は雷神の槌の如く。
俺は落下地点にあった破城槌に、魔法で強化した槍と、爆裂術式を組み合わせて振り下ろした。
落下地点にクレーターのような跡が残るが、後で埋めればいいだろう。それぐらいの土木作業は手伝ってしかるべきだ。
自分で折り合いをつけていると、魔砲が飛んできた。
「
攻撃を無人の仮想空間の中に受け流す、次元を超えた防壁だ。多少狙いが外れたのか、周囲に魔砲の余波が広がる。
しかしそれも好都合だ。この機を逃さずに撃滅する。
「そこで勝ち誇っているといい、ドチンピラ。今からお前の首を取りにいくからな。すぐに行くからな。あっという間に行くからな……」
俺は槍を片手に、戦場に向かい、歩き、走り、貫く。
「どけっ!! 前に立つ者は何人だろうが絶命させる。この四条理御の疾走を止められると思うなよ!!」
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