第18話 俺に任せろ、片付けてやる。

 特務参謀という肩書が、お兄さまという家庭的な呼び名に変化した。

 以前の方がかっこよかったのに、と少々の残念な気持ちが浮かぶが、俺がやることは変わらない。

 

 魔族に勝利を。そしてダルシアン儀仗騎士団全員の生存だ。

 フレリアが『魔のガイアス』と呼んでいる城砦は、魔族の第二の都市であるローゼンバーグを守るための最終ラインだ。


 過去幾重もの波状攻撃を受け、多くの屍を積み上げながらも人間を撃退し続けた場所だ。左右が行軍不可な崖に囲まれており、真正面以外の攻撃を受け付けない。


 ローゼンバーグは兵器廠があり、経済活動も盛んである。ガイアス城砦は迅速な補給を受けやすく、負傷兵の撤退も容易い。

 だが敵もローゼンバーグの重要性を理解しているので、常にガイアスは敵の襲撃を受け続けている。


 圧倒的優位にあるはずなのだが、ダルシアンが送られるというのは如何な事態だろうかと考えてしまう。

 援軍と言えば援軍だが、何も教練中の部隊を最前線に放り込むのは、些か異常なことだ。ましてや貴族子女がかなりの割合を占めている。万が一のことになれば、人間側に外交的アドバンテージを与えることになるだろう。


「難しい顔をしているな、リオン。姉上はそう無理難題を言っているわけではない」

「想像できることはあるが、あまり口には出したくないな。すまんな、俺が人間で」

「騎士団の前では言わないでいてくれ。皆はお前を信じている」


 ウェスティリア帝国も一枚岩ではないということだ。

 何故国の大事たる貴族子女の花園に、人間という敵性種族を入れているのか。そのような諫言が多いのだろう。

 その手の者は結果で評価するということはしない。自分の色眼鏡に当てはめて、慣例通りかどうかのみで審判を下す。


 そんな嘴を突きこんでくる鳥たちを黙らせなくてはいけない。

 帝国の舵取りをするには、常識をひっくり返すほどの戦果が求められているのだろう。


「陛下もご心痛捗々しいだろうな」

「すまんな、リオン。我らは他種族の集合故、合議を重んじるのだ。疑義が多数生じれば、皇帝たる姉上も見過ごすことはできん」

 

「構わんさ。このやり場のない感情は、敵に意趣返しすることで晴らすとしよう」

「ああ、そうだな。その通りだ」


 行軍の号令を出し、フレリアは馬を走らせて先頭へと向かう。

 指揮官が最前列というのも如何なものかと思ったのだが、まだ味方勢力圏だ。忸怩たる気持ちを吹き飛ばすには、体を動かす必要もあるだろう。


――

 前方に煙が昇っているのが見える。

 三日の行軍を終え、ガイアス城砦の勢力内に入ろうかとしたとき、伝令を告げる早馬が駆けてきた。


「止まれ! どこの部隊か!」

「誰何罷り通る! ガイアス城砦所属第三伝令部隊のリュマ・アステリオンです。至急援軍の要請をローゼンバーグに届ける次第!」


「任務ご苦労。この度ガイアス城砦に配属されたダルシアン儀仗騎士団のフレリアだ。状況は?」

「ふ、フレリア様! 戦場につき馬上にて失礼いたしました。敵軍二個大隊規模が襲来中、破城槌や雲梯による攻撃を受けております」


 ふむ、任地は絶賛戦闘中か。勝利の天秤はどちらに傾いているのか。

「城門が破られる可能性は?」

「貴様、人間か! フレリア様、この者は!?」


「我が副官である。陛下もお認めになられている故、議論は無しだ。質問に答えよ」

「ハッ、失礼いたしました。現有戦力では持って後半日ほどかと。守備兵の多くが敵の召喚されし者に討ち取られました」


 俺に鋭い目をぶつけ、苦々しく語る。

 そう睨まれても困る。それに戦況は変わらん。


「フレリア様、どうかダルシアンの力をお貸しください。ローゼンバーグから必ず援軍を連れて参ります」

「委細承知。全軍、第一種戦闘準備。行軍開—―」


「待った。今急いで向かうのは得策ではない。少し時間を置いた方がいいだろう」

「気でも狂ってるのか、人間! 誰もお前に問うてはいない! フレリア様、何故敵をお側に置かれるのですか。こやつは敵の間諜に違いありません!」


 抜剣するリュマだが、俺は手を挙げるしかない。戦う意思はある。だが、少し時間が欲しいのだ。


「俺に考えがある。乗るか反るかだが、現有兵力でどうにもならないのであれば、逆転の手を打つしかないだろう」


「ほう……リオン、何か策があるのか?」

「ある、と言えばある。運も重要だが、追い払えればいいんだろうしな」

「いいだろう。即興の策とやらを見せてもらいたい。リオンはガイアスの地形は理解しているか」

「召喚されたときに少々教えられてな。少し行軍を止めて話を聞いてくれ」


 フレリアが首肯すると、騎士団の歩みが止まる。すぐに各部隊長が集まって来たので、俺の作戦を開陳してみた。


「馬鹿なことを……そのまま敵陣に逃げ込むつもりですね。フレリア様、小官はこの男の危険性を進言いたしました。どうかお忘れなきよう」

「記録しておこう。任務に戻るがいい」

「ハッ、では失礼します!」


 最後まで一瞬も気を抜くことない姿勢は素晴らしい。伝令兵にしておくには惜しい人材かもしれない。


「で、私はどう動けばいいのかな? リオンの作戦、細部を詰めようではないか」

「ああ、フレリアは――」


 帷幕に置いて謀を巡らすは参謀の務め。前線において首級を狙うは将の務め。

 此度は両方ともいただいていくことにしよう。


――

 破城槌の激突音が響く。軋み声を上げ、苦しそうに踏ん張る鉄の門扉は、突破される寸前に思えた。


 俺は先触れとしてダルシアンの騎士を一人先行させ、その後に軍旗を掲げて堂々と城砦へと近づく。

 トスッと、軽快だが必殺の念が込められた矢が撃ち込まれた。

 足元に刺さったそれを気にすることなく、俺は軍旗を振って見せる。


「貴様がダルシアンの犬か! 許可の無い行動をすれば即座に殺すぞ!」

「落ち着け、援軍だ。先触れは出していただろう」

「お前が敵でない保障がないな。まあいい、一人増えたくらいでは戦況は動かん。入れ!」


 城砦裏門が開かれ、俺は鉄火場の地に馬を進める。

 射抜くような視線はもはや様式美。ここで結果を出さなければ、帝国は内紛に陥るかもしれない。


「守将のヘンリエッタ・ザクセンだ。貴様のことは聞き及んでいるが、信を置けるかどうかは疑わしい。だが戦力も欲しいのは事実だ、率直に聞く、お前はひっくり返せるか?」


「そのために来た――早速前線に出る」

「そうか……了解した、ついてこい」


 事ここに至り、もはや出し惜しみはない。

 行くぞ、人間至上主義者ども。

 戦争の時間だ。

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